メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

ビュレント・エルソイ

エルドアン大統領夫妻と並んでイフタル(断食明けの夕食)の席に座っていたビュレント・エルソイ氏は、1952年の生まれで、現在64歳。
エルドアン大統領と握手している写真は、服装が異なるから、このイフタルの席ではないようだ。写真の下には、「“ディーヴァ”と立ち話」と記されている。
エルソイ氏は歌唱力に優れ、トルコでは“ディーヴァ”と呼ばれるほど評価も高い。しかし、“ビュレント”は歴とした男の名であり、1970年代のデビュー当時は、普通にスーツを着て、男性歌手として舞台に立っていたそうである。その後、女装して歌うようになって、同性愛者であることが明らかにされ、1981年にはロンドンで性転換手術を受けたという。
トルコ語ウィキペディアの記述によれば、1988年までトルコでは、この性転換が認められず、1983年には最高裁判所で、「法律上、男性であるから、男の服を着て舞台に立たなければならない」という判決が下されたらしい。
1988年に、性転換を認める法改正に尽力したのは、当時のオザル首相だったとも記されているけれど、イスラム復興の道を切り開いたと言われているオザル首相が、性転換の承認にも一役買っていたというのは非常に興味深い。
ビュレント・エルソイ氏の歌唱は、以下の“YouTube”で聴くことができる。


 ところで、このエルソイ氏のファンには男が多く、コンサート会場では「ビュレント姉さん!」と呼びかけたりするそうだが、ビュレントは男の名だから“姉さん”は何とも奇妙である。
それに、エルソイ氏のファンである男たちが、平気で同性愛者を侮辱したりするのも不思議だった。しかし、彼らの認識によれば、どうやら同性愛者というのは“受け”の方だけらしい。

イフタルでエルソイ氏と同席していたエルドアン大統領は、上記のような似非進歩主義者より、遥かに柔軟で新しい感覚の持ち主であるような気がする。
2002年、当時のAKP党首エルドアン氏(まだ首相になっていない)は、大学生との交流プログラムに出演して、同性愛者の権利に関する大学生の質問に対し、次のように答えていた。
「同性愛者らも、その権利と自由の枠組みの中で、法的な保障を得なければならない。また、時折、テレビで見受けられる、彼らも対象となっている扱われ方が、人道的であるとは思っていない・・・」
これは、以下の“YouTube”の映像から観ることが出来るけれど、ヘラヘラ笑いながら質問した大学生は、エルドアン氏が回答に窮するだろうとでも思っていたのかもしれない。しかし、エルドアン氏は至って平然と質問に答え、特に驚いた様子も見せていない。

 

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