メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

民主化パッケージ

昨日、エルドアン首相が、民主化パッケージを発表した。
私立学校でクルド語による教育を可能にする改正であるとか、軍・警察・司法を除く公務員(女性)のスカーフ着用の自由化といった項目が含まれていたが、あっと驚くような内容ではなかった。
エルドアン首相は発表に先立って、かなり長い時間をかけて、パッケージの背景を説明していた。アタテュルクによって示された近代化の目標、その後の歴代政権による目標達成への努力、民主化への道程について語っていたけれど、歴代の政権として具体的に名前が上がっていたのは、メンデレス、オザル、エルバカンと全て保守系の政権だった。
そして、トルコは既に後戻り出来ない民主化の途上にあり、こういった民主化パッケージは、これが初めてでもなければ終わりでもない、未だ続きがあると強調していた。
ギリシャ正教の神学校の再開や、アレヴィー派の礼拝施設ジェムエヴィの法的な認知も期待されていたが、いずれも言及されなかった。
報道によれば、神学校の再開が見送られたのは、ギリシャにおけるトルコ人少数派の為の改正が進んでいないからだと言う。ジェムエヴィの方は、アレヴィー派内の意思統一が取れずに遅れているが、進展はあるらしい。
驚くべき内容ではないと申し上げたけれど、“クルド語による教育”も“スカーフ着用の自由化”も、ほんの数年前だって大騒ぎになっただろう。私も驚いたと思う。
しかし、今回は、タルハン・エルデム氏のように、以前は“大学でのスカーフ解禁”にさえ警笛を鳴らしていた識者も、全面的に賛意を述べている。
スカーフの問題でも、私の弱い頭は混乱し続けたが、実を言えば、クズルック村の工場で、99年の大地震以後にスカーフの解禁を要求する声が高まった際、私はこれを支持した。それで解禁してから問題が生じただろうか? 
女子従業員の中には、工場ではスカーフが外せるという口実が奪われたことを恨めしげに言う子もいたけれど、その後、極端にスカーフ着用者が増加するといった現象もなかった。先日、フェースブックを見ていたら、当時、解禁と共にスカーフを被り始めた従業員の女性が、スカーフを被らずに御主人と肩を並べている写真がアップされていた。10年後の今日も、10年前も、問題なんて何処にもなかったのである。
クルド語による教育”に関しても、エルドアン政権は実に慎重に歩を進めて来た。まず、語学学校によるクルド語教育の容認、それから公立学校での選択授業、そして今回、私立学校に限って“クルド語による教育”を可能にする道を切り開いた。
公立学校でも実現する為には、憲法を改正しなければならず、これには野党の協力が必要になるらしい。
エルドアン首相は、「トルコに、分割されるとか分裂するといった問題はない、あるのは“野党”という問題だ」というように述べていたが、クルド系政党BDPを除く野党勢力は一貫して、「“クルド語による教育”を認めれば、トルコは分裂し内戦になるだろう」と警告してきた。私の弱い頭もこの警告に脅かされたのか、“クルド語による教育”は難しいだろうと思っていたが、おそらく杞憂だったに違いない。
しかし、クルド系政党BDPは、この“クルド語による教育”への一歩を「不充分」と言って、けんもほろろの反応を見せている。公立学校で実現したいのなら、彼らも協力しなければならないはずなのだが・・・。交渉は続けるにしても、何処を落としどころと見ているのだろう? 
例えば、トルコの土産物屋で値切り交渉すると、我々日本人の多くは、売り手に「100リラ」と言われて、「75リラ」と応じ、あっさり決着してしまったりする。中国人の友人は、まず「25リラ」と思い切って反撃し、それから交渉を重ねて、50リラぐらいまで値切っていた。これが交渉術というものらしい。もっとも、観光客相手の土産物屋でもなければ、もう何処でも定価販売になっているから、トルコ人の多くも値切り交渉は余り上手くないみたいだが・・・
BDPは、そういった“交渉術”で応じてきているのかもしれない。

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