メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

韓国軍とトルコ軍

昨日、韓国が大規模な軍事パレードを実施したそうだ。北朝鮮を威嚇する狙いがあったらしい。おそらく、その矛先は国内の親北朝鮮勢力にも向けられていたんじゃないかと思う。ひょっとすると、こちらの方が主であるかもしれない。

先月、韓国では、親北朝鮮の国会議員が、北朝鮮に呼応した暴動を企てた容疑で逮捕され、話題になっていた。

7月、ボズジャ島で韓国人の友人は、「名分からすれば、北朝鮮のほうが国家の正統性があって、はるかに正しい」と論じていたけれど、正直申し上げて、こういった主張には、なんとも当惑してしまう。

日本によって“国家の正統性”を踏み躙られ、独立後、正統性の根拠を“反日”に求めてきたのは理解できる。でも、名分を糺すためには、北朝鮮の人々が味わっている塗炭の苦しみを無視しても良いのだろうか?

李氏朝鮮の時代も、この国の知識層は、党争と呼ばれるイデオロギー闘争を繰り返し、国民の経済状況などは余り省みなかったそうである。

その後、日本の統治、日本の敗戦による独立、朝鮮戦争の悲劇を経て、1961年に軍事クーデターで政権を掌握した朴正煕大統領のもと、“漢江の奇跡”を実現したけれど、この時代、知識層のイデオロギー的な主張は、軍事政権に封じ込められていたのだろう。反日イデオロギーもある程度抑えられていたようだ。

それが、文民統治に戻ったら、またもやイデオロギー闘争を始めてしまったらしい。反日イデオロギーも激化した。

逮捕された親北朝鮮の国会議員らは、地下組織を作り、武器なども準備していたそうだ。いったい何を標的にするつもりだったのか?

暴力団が縄張りを争う時は、数人殺されて大勢が決すれば、それで終わる。もともと打算があってやっているわけだから、無駄な殺生なんて必要ないのだろう。

ところが、実態のないイデオロギーで争うのであれば、終わりはないかもしれない。李氏朝鮮の党争も、果てしなく殺し合いを続けたそうだ。

韓国軍が、これを契機に綱紀の乱れを正し、ある程度影響力を取り戻して、無駄なイデオロギー闘争を押さえ込んでくれるなら、それも良いのではないかと思ってしまう。軍が影響力を持ったからと言って、戦争が始まるわけじゃない。暴力団と同じく、打算がなければ動かないのではないか。戦前の日本軍も満州事変辺りまでは打算を働かせていたような気がする。

それに、これだけ軍事力が高度化された今の時代、ソロバン勘定に合う戦争なんて、もうなかなか有り得ないだろう。自分たちの打算とは関係無しに、大国の思惑でやらされてしまう代理戦争は違うかもしれないけれど・・・

朝鮮戦争も当事者のソロバンには全く合わない戦争だった。悲劇としか言いようがない。

2006年12月のミリエト紙のコラムでジャン・デュンダル氏は、朝鮮戦争にトルコ軍と共に従軍した後、トルコへ留学して外交官となったペク・サンキ氏の半生を紹介している。

この記事で、韓国の経済発展はペク氏の談話をもとに次のように記されていた。

「・・・トルコと非常に似た近世史を持つ韓国では、1961年の軍事クーデターにより、民主化が棚上げされた。軍部は、『後れた国の場合、民主的な体制では急速に発展することができない』という考えから、トルコの例で見られるように直ぐ退くことはなく、18年間、軍の制圧下で発展を遂げる。ぺクさんは民主主義の重要性を信じながらも、韓国がこの期間に実施された政策により現在の奇跡を実現したと言う。『戦争で我が国は廃墟と化してしまいました。地下資源もなく、四方を敵に囲まれた状態でした。しかし、今や世界で10位に入る経済力を作り上げたのです』・・・・」。

この最後のペク氏の談話に対して、ジャン・デュンダル氏は、 「トルコは早く民主化した為に的を外してしまったのか?」とエスプリを利かせているけれど、トルコの民主化が、韓国より早かったなんて、どうして言えるのだろう?

なるほどトルコ軍は、クーデターの度に直ぐ民政移管して、表からは退いたが、背後で政治に介入し続けた。どうせなら、韓国と同じように表舞台で軍事政権を続けた方が、経済も安定して良かったかもしれない。

以前、左派アタテュルク主義者のトルコ人に、これを申し上げたら、「そうだ、アタテュルク主義を続ければ良かったのだ」と言われてがっかりした。趣旨は殆ど理解されなかったらしい。

アタテュルク主義といったイデオロギーが前面に出てしまったら、韓国のような経済発展は遂げられなかったに違いない。韓国軍には、打算的に利益を追求できる現実思考があったと思う。

トルコ軍も救国戦争には、現実思考で勝利したはずだが、共和国革命以降は無用なイデオロギー闘争に度々巻き込まれてしまったようだ。それが、最近の“内部の清算(?)”を経て、再び現実思考の軍隊に戻ったのではないだろうか?

トルコも、やっと実用本位の政策議論が楽に行える国になったような気がする。“内部の清算”で軍から追われた将軍たちと共に、イデオロギー闘争の中核にいたジャーナリストの多くも刑務所に収監されてしまった。