メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

ハジュ(巡礼者)

近所にあるエルジエスという小さなスーパーマーケット、顎鬚をたくわえた青年が時々店番していて、従業員かと思っていたら、彼がここの経営者だった。
まだ30歳ぐらいじゃないかと思う。顎鬚ばかりじゃなく、ダブダブのズボンはいて、鍔無しの帽子を被り、ひと目でイスラムの濃さが解る。
店には、スカーフも何も被っていない、若い女性の従業員もいて、一昨年、引っ越して来たばかりの頃、彼女に、「顎鬚の人は今日いないの?」と訊いたら、「えっ? 顎鬚って、うちのハジュ(巡礼者)のこと?」なんて言ってたけれど、このハジュ(巡礼者)には、間違いなく少し嘲笑的な意味合いがあったと思う。
クズルック村の工場では、やはり顎鬚にダブダブのズボンでタリバンを気取っていた青年が、ホジャ(師匠)と嘲笑的に呼ばれていた。クズルック村の人たちは大概が敬虔なムスリムだったけれど、あのタリバン気取りはやりすぎだと思っていたのだろう、「ホジャ(師匠)の話はまともに聞かないほうが良いよ」なんて笑いながら忠告してくれたりした。
ホジャ青年の工場での仕事ぶりは非常に真面目で、優秀工として何度も表彰され、パソコン制御の最新機械を任されたこともある。そしたら、ホジャ青年、パソコンの任意で書き込める欄に、早速、「使用場所:アフガニスタン」「使用者:ビン・ラディン」などと記入し、自分より若い大卒のエンジニアに見つかって叱られると、すまなそうに頭を掻いて謝っていた。
しかし、このホジャ(師匠)という言葉は、本当の先生に対しても、文字通りの敬意を込めて使う。日本の“先生”と殆ど変わらない使い方かもしれない。ハジュ(巡礼者)のほうは、どうなんだろう? 敬意が感じられる使い方には、まだ接したことがないように思う。
うちの大家さんは、70歳を越えた御老人で、本当のハジュ(巡礼者)であっても可笑しくないけれど、少々問題のある人物なので、近所の人たちは、皆、嘲笑的に「ハジュ、ハジュ」と囁きあっている。もちろん、面と向かっては言わないが・・。
スーパー・エルジエスの青年経営者は、まだ若い所為か、面と向かって「よう、ハジュ、元気かよ?」なんて言われてもニコニコしていた。
店のラジオは、いつも宗教の番組を流しているけれど、スカーフを被っていない女性従業員については、別に何とも思っていないようだ。冗談を言い合ったりして仲良くやっている。
彼女は、まだ20歳ぐらいじゃないだろうか? とても愛想が良い子で、スーパーに来るお客たちが、「アイセル! 小麦粉ある?」とか気軽に呼んでいるから、私も直ぐに名前を覚えてしまった。
「何処そこの某がアイセルちゃんに惚れて言い寄ったけれど、ひじ鉄砲喰らってしまった」なんていう下世話な噂話も聞いたことがある。すでに、この街のアイドル的な存在なのかもしれない。
さて、このスーパー・エルジエスでも、ウルケル、エティの両社の製品が売られているけれど、エティのほうが圧倒的に多い。特に、チョコレートは、エティとネッスルの製品しかなくて、ウルケルのチョコレートが好きな私は残念に思っている。
まあ、これはハジュ青年の意向と言うより、この店に商品を卸している問屋さんの方針なんだろう。もちろん、ハジュ青年がどうしてもウルケルの製品が欲しいと思えば、変えられないこともないはずだが、だからといって、売り上げが増えるわけでもないし、大した問題ではないに違いない。