メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

選挙まであと1週間/東京のトルコ大使館前の事件

11月1日の再選挙まで、いよいよあと1週間を残すのみとなった。主要メディアは、ここぞとばかり反AKPの論調を強めている。反AKP的な人たちの間には、今度こそAKPが落城すると期待感も高まっているようだ。
もっとも、私が暮らしているイエニドアンの街では、主要メディアの反AKP攻勢も全く効果が出ていない。相変わらず、多くの人たちがAKPとエルドアン大統領を支持している。おそらく、この街でAKPの得票率は、70~75%ぐらいまで行きそうである。また、トルコ全体で見ても、最も多いのは、この街の人々のような保守層じゃないかと思う。
しかし、人々にAKP楽勝という期待感は微塵も感じられない。6月の選挙で得た41%に、少なくとも3ポイントは上乗せしないと単独政権への復帰は難しいからだ。AKPも支持層を安堵させずに、危機感の維持に努めているような気がする。AKPは、いくつものリサーチ会社を使い、選挙後、予想を大きく外した会社には、ペナルティを課すといったことまでやっているらしい。
この街では、先日も、近所の廃品回収屋さんに5~6人が集まって、チャイを飲みながら選挙の行方などを論じ合ったりしていた。スーパーエルジエスの店主ムスタファ青年も来ていたが、あの中でAKP支持を表明していないのは彼だけである。
ムスタファ青年は、モジャモジャの顎鬚にダブダブのズボン、頭にターバン巻いたりして原理主義者を気取っているため、信仰に篤いこの街の人たちからも、少し嘲笑気味にハジュ(巡礼者)などと呼ばれたりしている。彼はイスラム守旧派SP党の熱心な支持者で、「エルドアンも親米では、宿敵のフェトフッラー・ギュレンと大して変わらない」と毎度の持論を繰り返していた。
ところで、彼は、多分、昨年の今頃から、頭にターバンを巻かなくなっている。顎鬚とダブダブのズボンは相変わらずだが、頭には鍔無しの小さな帽子を乗せるだけになった。私はこれが気になって仕方なかったが、本人に理由を訊いてみる機会がなかなか見つからなかった。
チャイ談義の最中、これを思い切って訊いてみた。そしたら、ムスタファ青年が何か言う前に、廃品回収屋さんの末弟が、「あんなの巻いていると、ISに間違えられちゃうでしょ。それで止めたんだよ」と言い放ち、爆笑の渦に包まれてしまった。ムスタファ青年も笑っていた。本人の弁明によれば、あれは教義上特に必要なものではないらしい。
反AKP的なトルコ人の中には、「貴方はそんな街で良く暮らせますね。嫌な気分になったりしませんか?」などと私に訊く人がいるけれど、このチャイ談義からもうかがえるように、皆良識があって、私は不愉快な思いをしたことなど一度もない。
私も今回の選挙では、なんとかAKPに単独政権へ復帰してもらわなければ、困るような気がする。トルコは政局の安定を保てなくなるだろう。
4日ほど前、それまでAKPとエルドアン大統領を人殺し呼ばわりしてきたクルド系政党HDPのデミルタシュ党首は、突然態度を変えて、選挙後AKPとの連立も有り得るなどと発言した。テロにうんざりしているクルド人民衆からの支持率が下がり始めて、焦っているのではないかという声も聞かれるが、真相はまだ分からない。
和平の為に、エルドアン大統領との話し合いを提議しているレイラ・ザナ氏の説得に応じたという説もある。その少し前まで、「レイラ姉さんは間違っている」とデミルタシュ党首は述べていたのだが・・・。
いずれにせよ、もう今の時点では、和平プロセスの再開に向けて、最も重要なのは、HDPの議席確保よりも、AKPの単独政権復帰じゃないだろうか。非常に難しい選挙が予想されているけれど、良い結果がでるように祈りたい。
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東京のトルコ大使館前で、在外投票に来たトルコの人たちの間で喧嘩騒ぎが起きてしまった。こちらでも既に映像付きで報道されている。海外に出ていると、よりラディカルになってしまう傾向があるのかもしれない。
それにしても、あの大勢のトルコの人たち、果たしてどのくらいが滞留許可を持っているのだろう? なんとなく、その多くがオーバーステイであるような気がする。怪我して病院に運ばれた挙句、オーバーステイが発覚して、そのまま強制送還なんてことになったら可哀そうだ。
92年だか93年、東京のトルコ大使館へトルコ人の友人と一緒に出かけたことがある。友人は兵役の延長を申請しに行ったのではなかったかと思う。友人とロビーで待っていたところ、現れた担当官が、いきなり「君は、不法滞留?」と事も無げに訊いたので驚いた。
2003年、バイラム(イスラムの祝祭)に東京モスクを訪れた時は、友人に誘われてモスクのキッチンに潜り込み、そこにいた、おそらく殆どがオーバーステイと思われる現場労働者風の連中と勝手にチャイなど沸かして飲んでいたら、そこへ突然、当時のトルコ大使ソルマズ・ウナイドゥン女史が入って来られ、面々とバイラムの挨拶を交わし始めた。これにはもっと驚いた。
大使は、あきらかにオーバーステイらしい彼ら一人一人に優しく声をかけ、日本の生活に不便がないか尋ねていた。オーバーステイだろうと何だろうと自国民の保護には最大限の努力をする。やっぱりトルコは一本筋が通った国なのだと感嘆した。
今回の事件を見ていると、トルコ大使館はオーバーステイのトルコ国民にも門戸を開放し、選挙権を行使できるように取り計らっていたように思えてならないのだが、真相はどうなんだろう?