メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

ペンキ屋のおじさん

前回と同様にエーゲ海地方へ出かけていた時のこと。壁の塗装に精を出しているペンキ屋さんから話しかけられて、暫く話し込みました。

そのペンキ屋さん、40歳ぐらいでしょうか、自分はコミュニストであると言い、「日本にはコミュニストがいますか? 労働者の権利は守られていますか?」なんていうことを質問して来たので、『面白いおじさんだな』と思って、こちらからも色々訊いてみたのです。
「あなたは請負業者なんですか?」と訊いたら、
「とんでもない。私はただの労働者ですよ。社長がこんな風にして働きますか?」
「貴方が働いている会社には何人ぐらい従業員がいるんですか?」
「20人ぐらいですね。ペンキ塗装の他に左官の仕事も請け負っています」
「社長さんが貴方たちと一緒に塗装の仕事をすることはないのですか?」
「社長はエンジニアですよ。そんなことするわけないじゃありませんか」。
トルコでエンジニア(トルコ語はミュヘンディス)と言えば、少なくとも大学の工学部等を卒業している技師のことであり、現場で工具を手にして働くようなことはまずありません。

工具を手に実際に機械の調整などを行なうのは大学を出ていない技師で、こちらは“テクニシャン”と呼ばれて、“ミュヘンディス”とは明確に区別されています。

トルコで“エンジニア(ミュヘンディス)”というのは、なかなか名誉なことなのでしょう。ある靴メーカーの社長の名刺に肩書きが“建築エンジニア”と記されていて驚いたことがあります。
それからペンキ屋さんとの会話は以下のように続きました。彼が、「日本で私たちのようにペンキを塗ったりしている労働者の権利は守られていますか?」と訊くので、
「日本で20人ぐらいしか従業員のいない塗装業者だったら、間違いなく社長も一緒になってペンキ塗っているよ」
「労働者は組合に加入していますか?」
「さあ、そんな小さな会社じゃ組合はないだろうね」
「それでは労働者が搾取されているんですね?」
「搾取? 社長も一緒になって働いているんだよ。労働者もその内社長になれるかもしれないしね」
「でも、労働者の権利は守られていますか? 日本じゃ何年働くと定年退職して年金もらえるようになるんですか?」
「退職後の年金を気にするより、社長を目指して頑張るだろうね、日本の労働者は」。
その後は、何をどう説明しても結局解ってもらえませんでした。彼は“アタテュルクを敬愛し、ジュムフュリエト紙を愛読するコミュニスト”なんだそうですが、彼の考えているコミュニズムには、労働者として働き始めた人が最後まで労働者をやっていなければならない階級のようなものでもあるのでしょうか。

良く解らないけれど、トルコの左派が手本としているヨーロッパの社会にはそういった傾向があるのかもしれません。