メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

91年の夏休み、トルコでナンパ

大学や予備校が夏休みに入ると、殆どの学生が郷里へ帰ってしまう。私たちの部屋で居残ったのは、私と大学生のトゥファンだけだった。

 寮では、残った学生が全て私たちの部屋に集められ、他の部屋はツーリスト用のペンションに早変わりした。
家族はドイツに居るというトゥファンだが、この年は、トルコ語学校の受講生で、ツーリスト用の部屋に泊まることになったドイツ人の若い娘にゴンジャ(つぼみの意)というトルコ語の名前を付けて熱を上げ、それで居残ることにしたようだ。
トゥファンは元々が実にナンパな奴で、いつも助平な冗談を言って皆を笑わせていた。

しかし、ドイツで暮らしたこともあった所為か、何かと言うとキリスト教に対するイスラムの優位性を説きたがる。本人は酒を飲んだりと、余り真っ当なムスリムらしくも見えないが、そんなことはお構いなし。「キリスト教は堕落の元」とか「ドイツ人は不潔」などと力説していた。それが実際、ドイツ人を前にすると、コロッと変わって、たちまち親切なトルコ人になってしまい、得意のドイツ語で案内役を買って出る。特に、さして美人とも思えない「つぼみちゃん」には、至れり尽せりだった。 
このトゥファンによると、トルコで女性をナンパしようとすれば、私は日本人であるというだけで相当有利に事を進めることができるらしい。
「残念ながら我が国の娘どもは金持ちの男に弱いんだ。だから日本人であれば、俺たちの倍ぐらいチャンスがある。そこでまず、日本人であることを有効に利用しなければならない。例えば、ナンパする時に、父親は日本で自動車工場を経営している、と言う。これでバカな女は直ぐに引っ掛かる。いい加減その女に飽きてきたら、悲しい知らせがある、と前置きしてから、父親の工場が倒産して無一文になった、と言う。これで女は直ぐに消え去るから、また同じ手を使って、新しい女を作る」
というのがトゥファン説。ナンパしようとする男が図々しいのは何処も同じようである。
当時、イズミルで知り合ったキムという韓国人の青年。彼の伯父さんは、ヒヨコの雌雄鑑別の技術を指導する為にトルコを訪れて以来、もう20年以上も当地で養鶏場を運営しており、彼はこのおじさんを頼ってイズミルに来ていた。まあ、この青年はちょっとした不良で、ナンパも相当なもの、スルタン・キムなどと自称していた。
夏の盛りに、彼と昼から市内のビアホールで一杯やり始めたところ、ややあってから、彼は、ちょっと離れた席に座っている2人連れの娘たちに目を付ける。それからの行動は極めて迅速、直ぐに自分の椅子を持って彼女たちの隣に移動し、「メルハバ!」とアタック開始。
ボーイがやって来て、「お客さん、椅子を持って移動しないで下さい」と言うのを無視して口説きに掛かる。腹を立てたボーイが、「恥ずかしい真似はやめなさい」と声を荒らげても全く動じない。逆に切れ長の細い目で睨みつけ、「あっち行け」と手で合図。彼はテコンドー有段者とか言っていたが、なるほど鍛えぬかれた体で自信満々。私はソウルで韓国人の喧嘩を何度も目撃しているが、トルコ人ではまず相手にならないと思う。温室育ちの日本人が言うべきことでもないが、韓国とは軍隊での厳しさも違うのではないだろうか。トルコでは、肥満体が軍隊に行っても肥満体のまま戻って来る。しかし、これが韓国だと、痩せなければ永遠に戻って来られない、つまりはあの世行きという噂もあるほどだ。
とにかく、我らがスルタン・キムは不退転の決意でナンパを続行し、暫く話し込んだ後、やおら席を立つと、私に「チャー、ナガプシダ(さあ、行きましょう)」と言い、勘定を払って悠然と店を後にする。娘たちの動く気配はない。さては失敗に終ったかと思っていると、角まで来て、すっと立ち止まり、「ちょっとここで待って見ましょう。あの娘たちが出てくるかもしれません」。で、いくらも経たない内に、彼女たちが店から現われ、手を振りながら近付いて来たのである。それから4人で別の店にしけ込んだのは言うまでもない。
彼はそのうちのひとりと暫く付き合っていたようだ。でも、私の方はここでおしまい。その時、電話番号ぐらい聞き出したような気もするが、結局のところ連絡しなかった。