メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコ民族とは?

トルコにおける民族問題は、クルド人のようなエスニック・グループに限ったことではないのかも知れない。自分たちがいつからトルコ人になったのか、この問いに確信を持って答えられるトルコ人はどのくらい居るのだろうか。

93年に他界したオザル大統領は死の数ヶ月前、ある雑誌でのインタビューに答えて、こんなことを言っている。

トルコ人というのは民族ではないのです。アメリカにアメリカ民族がいるんですか? 彼らは皆、イングランドであったり、イタリアであったりと、それぞれ別の民族でしょう。トルコも同じように、様々な民族が集まってトルコ人を構成しているのだと思います。中央アジアでも自分たちのことを、ウズベクとかタタールキルギスというように呼んでいるじゃありませんか、誰もトルコとは言っていませんよ」

これを読んだ時、トルコ民族主義を謳う国の大統領が、ここまで言えるものかと驚くと同時に、民族の融和が一層進むことを期待した。(民族に該当するトルコ語は色々あって、民族主義と言ったりする場合、ミレットという単語を使い、これは英語のネイションに近いと思う。オザル氏のインタビューでは、ハルクという単語が使われていて、こちらは英語で言うフォークに近いだろう)

ところが数ヶ月後、オジャラン(99年、逮捕されて話題になった)率いる反政府クルド人ゲリラPKKが一方的な休戦宣言を行ない和平の兆しが見えてきた矢先、オザル氏は突然心臓麻痺で亡くなってしまう。

その日、クルド問題に対する「大統領特別声明」が発表されるはずだったといわれ、ジャン・デュンダル氏の記事によれば、オザル氏の死を知ったオジャランは「我々の大統領は殺されてしまった」とうめいたそうである。

それから8年、民族融和は進むどころか、クルド人との間に、容易なことでは埋まりそうもない溝が生じてしまった感じがする。

さて、いつからトルコ人になったのかという問題だが、かえってクルド人とかボスニア人であれば、いとも簡単に確信を持って答えることができるのかも知れない。「トルコ共和国が成立して以来」あるいは「我々はトルコ人ではない」という具合に。

クズルック村の周辺にはラズ人をはじめ、コーカサス地方からの移民であるアブハズ人、グルジア人(グルジア共和国では殆どがクリスチャンのようだが、ここに居る人達は勿論ムスリムである)、チェルケズ人等々、実に多様な民族の人々が暮らしている。

当たり前に自分をトルコ人であると考えている人の方が少ないのでは、と思われるほどだ。工場でライン長をしている娘に、「君んところは何なの、ラズ?アブハズ?」と訊いたら、「うちはかなり昔からこの辺に居たみたいなんだけど、それ以前のことは余りハッキリしていないの、なんだか分からない普通のトルコ人ってやつね」と苦笑していた。

また、他の地方から家族で引っ越して来たという女性は、「新しく越して来た頃、周りから、あなた方はどの民族ですか、とよく訊かれたんです。トルコ人と答えると、だからどういうトルコ人ですか、と言われてとても驚いてしまった。それまで自分たちのルーツとか殆ど考えてみたこともなかったから、本当にどういうトルコ人なんだか良く分からないんですよ」と言う。

はっきりと中央アジアからのルーツが確認できる人は、オウズとか、ウズベクというように答えるかも知れない。しかし、その辺りが明らかになっていない人たちの場合、「トルコ人というのは民族ではない」と言おうとすれば、帰属する民族がないことになってしまう。これは彼らを不安にさせるのだろうか?

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