メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

ISISの攻勢~クルド和平プロセス

ISISに纏わる陰謀論だが、3日付けのサバー紙で、コラムニストのマフムト・オヴュル氏は、昨年6月のゲズィ公園デモから年末の不正事件、そしてISISの攻勢に至る全ての騒乱が、“クルド和平プロセス”に対する妨害工作であるかのように述べている。

ここまで枠を広げられてしまうと、何だか典型的な“陰謀論”としか思えなくなってしまうが、それぐらい“クルド和平プロセス”はトルコにとって重要であると言いたいのかもしれない。

この数年の出来事で、最も画期的だったのは、昨年の3月、イムラル島の刑務所に収監されているクルド反政府組織PKKのオジャラン氏が発表した“平和宣言”じゃなかっただろうか。

 これによって、“クルド和平プロセス”は軌道に乗り、南東部で四半世紀に亘って多くの死者を出した内戦は、一旦停止された。以後、多少の衝突はあったものの、まだトルコ領内では平和な状態が続いている。

この平和は、非常に重要なニュースであるはずだが、日本のメディアでも余り大きく報道されていなかったように思える。それが、ISISの攻勢で、シリアのクルド勢力の拠点コバニが陥落しそうになり、オジャラン氏が「コバニが陥落すれば和平プロセスも終わる」と発言するや、これは比較的大きく取り上げられていた。

オヴュル氏の“陰謀論”ではないが、確かに、欧米の“和平プロセス”に対する冷淡な姿勢が、こんなところに現れているような気もする。

トルコ国内でも、オジャラン氏の発言を“和平プロセス”への警告と看做して、「これでAKPはお終いだ」と半ば喜んでいるような人たちがいるけれど、そうなれば、これはAKPのみならず、トルコ国家の危機である。

しかし、オジャラン氏の発言は、前後を読むと、“和平プロセス”の継続を強く望んでいる部分も見られる。その解釈は読む人によって、かなり異なってくるのではないかと思う。

今日(10月5日)のアクシャム紙で、エティエン・マフチュプヤン氏は、クルド側もISISの出現で、これまでの思惑が外れてしまったため、オジャラン氏の発言には『なんとかしてくれ!』という要望が含まれているのではないかと分析している。

シリアのクルド勢力は、自治区を確保するために、アサド政権が当面維持されることを望み、トルコに対して協力的ではなかったが、最初から協力していれば、もっと良い立場を築けていただろうとマフチュプヤン氏は言うのである。

いずれにせよ、“和平プロセス”が直ぐに頓挫してしまうことはないという分析であり、クルド問題に詳しいルシェン・チャクル氏(ヴァタン紙)の分析もこれとそれほど異なるものではない。

なにより、南東部のクルド人の民衆は、平和が一日でも長く続くことを願っているだろう。

イラク、シリアと欧米が創り上げた国家は、全て破綻してしまった。米国が望んでいるという“大クルディスタン”なる国が誕生したとしても、同様の末路を辿るような気がする。

トルコ人クルド人は、民族の概念が曖昧だったオスマン帝国で、長い間同じムスリムとして存在していたのであり、どちらかが支配されていたという関係ではなかったと言われている。現在のトルコ共和国も、その歴史的な関係を継続させようと努力しているのではないかと思う。