メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

「似非進歩主義~同性愛の認識」

《2013年5月31日付け記事を修正再録》

「自由恋愛!」という記事に、自分は勝手気ままに複数の女性と遊んでいながら、「それでは、貴方の奥さんもそうやって遊んで良いのですね?」と問われるや、「殺す!」といきり立った“進歩主義者”の話を書いた。
この男性が、何故“進歩主義者”なのかと言えば、それは宗教を信じていないからで、残念ながら、当時(2013年頃)のトルコでは、こんな識別が平気でまかり通っていた。

「私は神など信じていない」と公言すれば、なかなか“進歩的”で“賢明”な人物と看做されていたけれど、こうして信仰を放棄した人と信仰を維持している人たちの間に、それほど大きな“考え方”や認識の違いがあるようには思えなかった。
もともと信仰と縁の無い環境で育った人は別だが、信仰のある保守的な家庭で育った人が、長じて信仰を放棄したとしても、“考え方”や認識まですっかり変えてしまうのは、やはり無理だったに違いない。

 「自由恋愛!」の男の場合、信仰を放棄したことにより、飲酒や浮気といった自分に都合の良い“進歩”は受け入れたものの、“女性の貞操”などに対する認識は、信仰のある保守的な人たちと何ら変わるところがなかった。
この男性は、親の取り決めに従い、お見合いで奥さんと結婚したそうだ。彼は、浮気相手に“恋愛”という言葉を用いていたけれど、奥さんとは恋愛しなかったのだろうか?
こういった似非進歩主義者たちは、敬虔なムスリムであるエルドアン首相(当時)を軽蔑して止まなかったが、恋愛でエミネ夫人と結婚したエルドアン氏は、遥かに革新的な人物であるかもしれない。

さて、いつだったか、そんな似非進歩主義者と話していて、新たにお互いの認識のずれを発見して驚いた。
トルコでは、「ホモ・同性愛者」と言えば最大の侮辱用語となるのに、おカマさんの歌手などに好意を寄せて平気な男たちもいるから、どうも腑に落ちないものを感じていたけれど、これがその似非進歩主義者との会話で氷解した。
彼らの認識で「ホモ・同性愛者」というのは、“受け”のほうだけであるらしい。「えっ? カマを掘るほうも君らは“同性愛”と言うのか?」と驚いていたが、これには私も驚かされた。
さらに驚きついでの冗談なのか、「入れるのは、女のアソコだろうと、男のケツだろうと、羊やロバの穴だろうと、変わりないじゃないか!」と言い放った。この男たちにとっては、奥さんとの行為も含めて、全ての性行為が“レイプ”であると思う。奥さん、娼婦、おカマ、ロバ、何の変わりがあるのだろう?

冗談はさておき、やはり我々草食的な傾向がある日本の男と、トルコ人を始めとする西洋人の間には、性欲等の違いがあるかもしれない。

西洋のポルノを観ると、いきなり始まってしまうものが多くて唖然とする。我々は、ちょっとしたストーリー展開がないと、どうも落ち着かない。直ぐには興奮が高まらないのである。もちろん、双方に個人差はかなりあるだろうけれど・・・。

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