メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコ語は国際語に適している?

私は酷い音痴である所為か、言葉の「音」も聴き分けられずに間違えてしまうことが多い。落語の志ん生のお上さんに、「お前さんは、耳が逆さまに付いてんじゃないの?」と言われてしまいそうだ。

特に関西の言葉は、東京生まれの私にとっては、イントネーションが異なっていたりするので、よく聞き間違える。電話口で何度も聞き返して顰蹙を買ったこともある。

それでも、福岡よりはましであるような気がした。関西へ越してきて、電車で隣り合わせたおばさんたちの会話がほぼ聞き取れて妙にホッとしたのを思い出す。福岡では『えっ、このおばさんたち何話しているんだろ?』と何度か首を捻ったりしていた。

イスタンブールの地下鉄やバスの中で、そういう経験は余りなかった。そのため、福岡では、『いったい何処へ帰国したのか?』なんて、また考えてしまった。もっとも、1994年に、イスタンブールから、川崎の沖縄の人たちが暮らす街へ『帰国』した時の衝撃に比べれば何でもないだろう。

実を言えば、私が聴き取りに苦労しているのは、方言の違いばかりでもない。最近、電話で相手の氏名を確認したりすることが多くなって気がついたけれど、どうやら私は「タ」と「カ」の聴き分けも怪しいようだ。「タガワさん」が「カガワさん」になってしまったりするのである。

先日、ネットで読んだ記事によれば、日本語は23の音素で成り立っている(20とする説もある)。音素とは、子音の「t」や「k」、母音の「a」や「e」といった音の要素であり、英語のそれは44に及ぶという(46とする説も)。

英語は音素の多い言語、日本語は音素の少ない言語の代表例らしいけれど、そういう母国語でも苦労している人間が外国語をやるのは、今から考えると、とんでもない話だったかもしれない。

以下のブログでは、韓国語の音素数が32となっている。トルコ語に関する記述はないが、やはり英語よりは少ないように思える。このブログによれば、言語は発展の段階で音素数を減らして行ったそうだから、日本語も韓国語も結構発展した言語であるかもしれない。

トルコ語は、様々に異なる言語を話す人たちが共通語として使用した歴史が長かったため、その過程で音素が多少減った可能性もあるように思える。どうなんだろう? 日本語も縄文人弥生人が混交した過程で音素が少なくなった可能性はないだろうか?

いずれにせよ、トルコ語は、私のような「音痴」でも何とか話せるようになったのだから、英語等に比べれば、発音の面で遥かに楽な言語と言えそうだ。

それでも私は、韓国語もトルコ語も教科書により「文字」を読むことから勉強した。

日本語の読み書きが全くできない外国の人が、聴いたり話したりだけで日本語を習得してしまう場合があるけれど、あれはいったいどういうことなのか、私にはさっぱり解らない。おそらく、音素の多い言語を話している彼らにとって、日本語はよっぽど楽な言語なのだろう。

何処で読んだのか忘れたが、日本人も幼児の頃は、最も音素の多いアフリカの言語も聴き分けられる「耳」を持っているという。それが成長と共に母語以外の音素は聴き分けられなくなるらしい。

これには年齢差もあり、5~6歳で「耳」が固まってしまう人もいれば、12歳ぐらいまで維持できる人もいるそうだ。中には成人に至っても、聴き分ける能力を維持している人がいて、こういう人たちが「言語の天才」なんて言われたりするのかもしれない。

私の「耳」は固まるのが早かったのか、小学生ぐらいになって、父が戦前に買い集めていたドイツ歌謡のレコードを聴くようになった頃、既に「カタカナ」でしかドイツ語の音を捉えることができなくなっていた。中学生になってようやく英語を学び始めたのは、絶望的に遅かったと思う。

英語教育は、せめて聴き取りだけでも幼稚園ぐらいから始めるべきじゃないだろうか?

それどころか、トルコ在住の韓国人の友人キムさんによれば、発音の難解な英語は、国際語として不適格であるという。トルコ語スペイン語も話せるキムさんの英語は、傍から聞いていると、かなり流暢に聞こえるが、そのキムさんでもネイティブスピーカーの話す英語は聴き取りに苦労するそうだ。

「あなたは、ネイティブのトルコ語とドイツ人の話すトルコ語とどちらが聞きやすいですか?」とキムさんは私に訊く。「もちろん、ネイティブのトルコ語です」と答えたら、「それが当たり前です。ネイティブの話す英語が聴き取り難いというのは、英語の発音が如何に難解であるかを示しています」とキムさんは主張するのである。

キムさんに言わせると、発音が英語より楽なスペイン語は国際語に適しているかもしれない。男性名詞、女性名詞といった使い分けが難しいものの、言い間違えても意図は通じる。英語の場合、発音を間違えたら意図も通じなくなってしまう。

しかし、キムさんは、スペイン語より何より、国際語に最も適しているのは「トルコ語じゃないか?」と言うのである。「全世界の人たちが今まで英語に費やした労力をトルコ語に傾けていれば、世界の何処でもトルコ語が通じるようになっていたでしょう」。

トルコ語は、もともと「シルクロードの共通語」として発展したようだから、キムさんの説もなかなか説得力があるのではないかと思う。

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