メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコの英雄的な国民

(7月26日)

一昨日(7月24日)、CHPがタクシム広場で開催した「クーデター反対集会」について、AKP政権寄りのジャーナリストは、会衆からAKPを罵倒する声が上がっていたとか、クルチダルオウル党首がギュレン教団を名指しで糾弾していなかった、などと言いながら批判していた。

確かに、声明発表の部分を聞くと、クルチダルオウル党首は、「・・・(クーデターの)内部の支援者、そして“外部の支援者”がいれば、これを非難する」と述べただけである。

集会に参加したAKPの議員も、集会の雰囲気などを問われると、ちょっと口篭って詳細を明らかにせず、双方が歩み寄ったという肯定的な面だけを強調していた。集会は、それほど芳しい雰囲気でもなかったようだ。

しかし、クーデター事件が起こるまでは、お互いにひたすら罵り合っていたのだから、やはり、まずはこの歴史的な歩み寄りに注目したい。

昨日(7月25日)は、アンカラの大統領府で、エルドアン大統領と与野党(AKP・CHP・MHP)の党首らが話し合った。

大統領府を「独裁者の宮殿」と呼んで詰りつけていたクルチダルオウル党首が、大統領府に足を踏み入れたのは、昨日が初めてだったそうである。これも大きな前進と評価して良いだろう。

今日(7月26日)のカラル紙のコラムで、エティエン・マフチュプヤン氏は、与野党間のつまらない政治的な駆け引きが、ギュレン教団を太らせてしまったと論じている。

2012年までは、野党側が「ギュレン教団は危ない」と警告しても、AKP政権は聞こうとしなかった。2012年以降は、政権側がギュレン教団の危険性を訴えても、今度は野党が聞く耳を持たなかった、というのである。

さすがに現時点では、皆が教団の脅威を感じているに違いない。

野党も捜査に協力しながら、行き過ぎがないように目を光らせ、官僚機構等から教団の関係者が排除されたのち、その空白が公正な人選によって埋められるように、政権側を牽制して行くのではないだろうか。

昨日(7月25日)のNTVのニュース番組では、アデム・ソズエルという法律学者が、新たな司法の人選は概ね公正であると評価していた。

AKP政権も、この国家的な危機に際して、自分たちに近い人間ばかり送り込もうとしたら大騒ぎになるから、滅多なことはやれないだろう。

ソズエル氏は、法律学者として、死刑の復活について意見を求められると、「死刑に犯罪の抑止力はない。死刑が自爆テロを防げるのか?」と応じた。

それから、「トルコには、コーランを科学的に検証できる研究機関が何処にもない。これを是非作ってもらいたい」と提案していたけれど、これは非常に興味深い。

トルコのイスラム学者の中には、自身が「コーランは神の言葉である」という教義の基本を本当に信じているのかどうか疑問に思えてしまうような話をする人もいる。

おそらく、そういった研究が可能な下地は既に出来ているのではないか。ソズエル氏は、それを踏まえて提案したはずである。

このNTVのニュース番組には、ネディム・シェネルというジャーナリストも出演して意見を述べていた。

ネディム・シェネル氏は、ギュレン教団が、未だAKP政権と協力関係にあって絶大な力を持っていた頃から、教団の暗部を厳しく追及していたジャーナリストである。

そのため、2011年の3月に逮捕され、2012年3月まで服役している。

シェネル氏は、戦車の前に立ちはだかった英雄的な国民が、このクーデターを打ち砕いたとして、惜しみない賛辞をおくった。

そして、英雄的な国民の多くが、AKPを支持する、比較的に教育水準が低い保守的な中流層だった点を指摘して、経済的な発展と共に民主主義の価値を学んだ彼らが、死も恐れぬ決意で、クーデターを阻止した意義について語っていた。

まったくその通りだろう。銃撃を受け、隣にいた人が倒れても、怯むことなく立ち向かって、クーデターの兵士らを押し返してしまったのである。

その過程で、勢い余って兵士に暴行を加えた人たちもいたらしいが、仲間を殺された怒りがそうさせたのかもしれないし、こういった細部に拘らず、英雄的な国民を称えるべきじゃないかと思う。

それなのに、シリアのISの写真を使って、「首を切られた兵士がいた」などとデマを流す者がいたとは、本当に悲しい。また、この英雄的な物語を素通りして、相変わらずエルドアン大統領に対するネガティブ・キャンペーンを繰り返す内外のメディアも悲しい。


*今日(7月26日)、CHPのクルチダルオウル党首は、様々な機構に巣食ったギュレン教団の脅威を考えなければならないと述べて、フェトフッラー・ギュレン師の送還を強く要求したそうである。

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