メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

非常事態のエルドアン大統領

(7月23日)

非常事態宣言下のトルコで、ギュレン教団系の摘発はさらに拡大しているが、無関係な人まで拘束されてしまう恐れであるとか、何故、今まで摘発が進んでいなかったのかという疑念の声も上がっている。

これに対して、エティエン・マフチュプヤン氏は、昨日(7月22日)のコラムで、AKP政権がギュレン教団の組織に踏み込めなかった要因として、以下の三つ上げていた。

1) 敵対化の政治手法により、国会で協力し合える可能性を失った。言論の自由を圧迫して、トロール化と共にAKPは政界で孤立し、潜在力から遠ざかった。

2) クルド問題が武力衝突に転じたことで、政府は軍部の戦略に従わざるを得なくなった。そして、ギュレン教団のメンバーが南東部に赴任して、不和の種がまかれてしまった。

3) 外部に敵を作る大衆的なパラノイアに流されたため、ギュレン教団は様々な“外部の敵”の中に身を隠すことができた。「全てアメリカの仕業だ」という言説が、ギュレン教団の疑いを晴らしてしまうことに気がついていなかった。
*******(以上拙訳)

言論の自由に関しては、日本でも大きく報道されていたけれど、南東部は既に戦争の状態になっていたから、ここでPKKを擁護して政府を非難するのは、利敵行為と見做されても仕方なかったかもしれない。

また、AKP政権側が、相手を侮辱罪などで訴えれば、向こうも政権側を同様に訴えたりして、告訴合戦のようになっていた。政権側が一方的に相手を訴えていたわけじゃないし、その殆どは執行猶予が付く程度のものである。

そもそも司法には、まだ教団系がかなり残っていただけでなく、反AKPの政教分離主義的な人たちもいる。公正かどうかは別として、トルコの司法はある程度独立を維持しているようだ。

もっとも、執拗に告訴を繰り返したりして、言論を激しく圧迫したのは事実だろう。しかし、エルドアン大統領に対して、根拠のない誹謗中傷に躍起となっていた反政権側も、敵対化を煽って、歩み寄りを困難にしていたように思う。

マフチュプヤン氏は、一昨日(7月21日)の記事で、クーデター事件後、双方に歩み寄りが見られることを評価しながら、これを拒否して、頑なに敵対しようとするラディカルな政教分離主義者らについて、以下のように述べている。

・・・心からクーデターを支持し、AKP政権とエルドアンがいなくなるのであれば、あとはどんなことでも承服するというほどに、心が荒んだ人たちである。彼らは、「首を切られた兵士」(シリアのISの写真を使ったらしい)であるとか、「エルドアンが亡命した」といった出鱈目を直ぐに信じてしまう性急な精神状態の中で、再び敗北感に打ちひしがれている。・・・(拙訳)

こういったラディカルな政教分離主義者の人たちは、エルドアン大統領が薫陶を受けた故ネジメッティン・エルバカン元首相や、もう一人の政治的な師と言われている故トゥルグト・オザル元大統領のことも激しく嫌っていた。

しかし、エルバカン氏やオザル氏は、外国語に堪能なエリートであるという点では、彼らと変わらないか遥かに上であった所為なのか、多少は遠慮も見られたような気がする。

それがエルドアン大統領の場合は、学歴もぱっとしないし、外国語も話せないから、余計に『なんであんな奴が大統領やっているんだ?』ということになってしまうらしい。「オザルには少なくともビジョンがあった」なんて言う人もいる。

確かに、改革開放を唱えて明確なビジョンを掲げていたオザル元大統領に比べると、エルドアン大統領の描いているビジョンというのは、なんだか余りはっきりしていない。

政治姿勢の核にあるのは、個人としての“イスラムの信仰”と愛国心ぐらいで、あとは何にでも対応してしまう柔軟性が感じられるけれど、こういうヌエ的な態度は、確固たるイデオロギーを持つ人たちから嫌われるかもしれない。

2003年の2月、当時のAKP党首エルドアン氏は、政敵のCHP党首デニズ・バイカル氏と秘かに会談して、イラク戦争の対策を協議したという。その後、エルドアン氏とバイカル氏は、議会における罵り合いとは裏腹に、良好な関係を続けていたようだ。

でも、まだこれから首相になろうとしていたエルドアン氏が、遥かに政治キャリアの豊かな政敵バイカル氏の意見を聞いていたのだから、ちょっと驚く。よっぽど率直なのか、度量が広いのか、間が抜けていたのか・・・
今でも、親エルドアン的な識者らによれば、エルドアン大統領ほど、人の話を良く聞く政治家もいないらしい。

AKP政権を支持しながらも、エルドアン大統領を度々厳しく批判しているマフチュプヤン氏は、決して親エルドアン的な識者とは言えないが、それでも昨日(7月22日)のコラムで、この混乱を乗り切れるのはエルドアン大統領しかいないと断っていた。

クーデターの発生に全く動じることなく、悠然とした態度で国民に呼びかけたエルドアン大統領は、やはり非常事態に心強い存在だろう。

エルドアン大統領という人は、西郷さんのように、「小さく叩けば小さく響き、大きく叩けば大きく響く」といった人物なのかもしれない。

例えば、オザル元大統領の路線がそのまま順調に引き継がれ、なんの波乱も起きていなかったら、エルドアン氏はカスムパシャの区長ぐらいで終わっていたのではないか?