メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

アブドゥッラ・ジェヴデト

先日、オスマン帝国時代の新聞について、ちょっと調べていたら、アブドゥッラ・ジェヴデト(Abdullah-Cevdet)という人物に行き当たり、この人物の足跡に少なからぬ興味を覚えました。

アブドゥッラ・ジェヴデトは、オスマン帝国の末期に“統一と進歩委員会”の創設に加わり、オスマンル・ガゼテという新聞を発行したことで知られています。

「トルコ近現代史みすず書房)」には、ジェヴデトがクルド人であり、クルドの覚醒を望んでいたことも明らかにされていますが、例えば、トルコ語のインターネット上の人名辞典と言える“www.kimkimdir.gen.tr”では、ジェヴデトがクルド人だったことすら記されていません。

しかし、ウィキペディアトルコ語版(Vikipedi)を見ると、ジェヴデトがクルド人の啓蒙に努め、“クルディスタン向上協会”にも参加して、クルド語の会報を書いていたことまで記されていて、ちょっと驚かされました。この“クルディスタン向上協会”からはクルディスタンの独立を目指す運動も派生して行ったようです。

3年ぐらい前だったか、ウィキペディアトルコ語版で、第2代大統領イスメット・イノニュに関する項目を見ていたところ、「英語版に記載されている“イノニュはクルド人である”という誤りを訂正する作業に疲れてしまった。訂正しても直ぐにまた元に戻ってしまうのである」と書き込まれていて、思わず苦笑したけれど、今改めて、トルコ語版のイノニュの項目を開けたら、既にこちらにも「クルド人をルーツとする」としっかり記載されています。少しずつ色んなところで変化が起こっているのでしょう。

さて、アブドゥッラ・ジェヴデトですが、その後、ジェヴデトは、クルディスタンの独立を目指す人々とは袂を別ち、共和国革命以降も引き続きトルコの近代化に尽力し、1932年にイスタンブールで亡くなっています。晩年は、ギュスターヴ・ル・ボンという同時代のフランスの社会学者の著作をトルコ語に訳しながら、その思想を伝えることに力を注いでいたようです。


トルコ近現代史イスラム国家から国民国家へ/新井 政美 (著) 
http://www.msz.co.jp/book/detail/03388.html