メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

純情なトルコ人青年

イスタンブールトルコ共和国最大の都市だが、首都ではない。首都はアンカラである。アンカラは、共和国の新首都として建設が始まる前、中部アナトリアの小さな地方都市に過ぎなかったそうだ。それが、今では人口400万を有する大都市に発展した。
中部アナトリアは降雨量が少なく、アンカラ周辺の山々も雑草とまばらな潅木に覆われているだけで、モンゴルの高原を思い起こさせるような風景である。高速道路を利用してアンカラに向かうと、集落が殆ど見当らない荒涼とした大地を進んでいた車が、あっという間にビルの林立する賑やかな市街地へ分け入ってしまうので驚かされる。
アンカラは新しい街なので、イスタンブールに比べて、より整然とした雰囲気である。本格的な地下鉄もイスタンブールに先駆けて開通している。しかし、周囲に大規模な産業地帯があるわけでもなく、典型的な消費都市という感じは否めない。
99年にアンカラへ出掛けた時のことである。その日はメーデーで、集会に参加したらしい学生と雑談したら、彼がこんな話をする。
イスタンブールには、あなた方外国人を騙して金を取ろうとする悪い奴らが沢山いて困ったものです。でも、アンカラなら大丈夫。ここには役人しかいません」
確かに、スルタンアフメットの客引き達、特に日本語で話し掛けて来る連中を鬱陶しいと感じることはある。しかし、彼らはああやって僅かながらもトルコの外貨獲得に貢献しているのではないだろうか。それに、トルコの観光業はまだまだ始まったばかりだ。そのうち、もう少しスマートなやり方を身につけてくれるかもしれない。それよりも、郵便局や税関で接する機会のあるあの役人達、彼らの勤労に対する考え方はどうなっているのか、本当に腹が立つことしばしばである。
これは94年ごろのことだが、スルタンアフメットに長期滞在している旅行者、若い日本人女性の二人連れと知り合って話を聞くと、「トルコ人の男は皆、あつかましくて恥知らず」という。しかし、スルタンアフメットのような観光地はかなり特殊な地域なわけで、客引き達にしても、東京の歌舞伎町や吉原の客引きと比べれば、よっぽど可愛げがある。観光地の客引きしか見たことがない旅行者に、「トルコの男は厚顔無恥」と言われたのではなんともやり切れない。
彼女達と会った数日後、余り観光客が訪れることもない新市街で市バスに乗っていたところ、前に立っている学生風の若い男が何か言いたそうな様子でしきりに私の方を見ている。私は膝の上で日本の文庫本を読んでいた。

しばらくして、男はためらいがちにやっと口を開き、たどたどしい日本語で「あなたは日本人ですか? トルコ人ですか?」と言う。彼はなかなかの男前だったが、上品な感じで、客引きのような人間でないのは一目瞭然だった。

 しかし、その時私は虫の居所が悪かったのか、ちょっと意地悪な気分になって、「もしも私がトルコ人だったら、そもそも君が何を言ったのか解らないじゃないか」とトルコ語でつまらない話をすると、「今、日本語を習っているので、なんとか使って見たくなったんです。どうも済みません」と今度はトルコ語で言いながら真っ赤になってしまった。
その翌日、「昨日の学生さんみたいな人を彼女達にも見せてあげたいものだ」と思い、あの二人連れを誘って、トルコで超一流の大学である「ボスポラス大学」(ボアズイチ大学)のキャンパスへ行くことにした。

キャンパスは、ボスポラス海峡が見渡せる高台の上にあり、緑も多く、古めかしい校舎なども見応え充分で、散歩コースにはもってこいの場所である。友人の男子学生に彼方此方案内してもらった後、キャンパス内の生協に入ると、買い物に来た学生達でごった返している。でもここでは、東洋人の若い女性がいたところで、誰ひとり振りかえって見ようともしない。

 しばらく、彼女らと共に学生達の様子を観察していると、なんと、あのバスで出会った学生がいたのである。これには驚いた。早速、声を掛けて、彼女達を紹介したところ、彼はよっぽどシャイにできているのか、真っ赤になりながら、英語で型通りの挨拶を済ませるや、そそくさと立ち去ってしまった。
しかし、この御かげで、トルコ人には、あつかましいどころか、ちょっとシャイなところがある、ということが、彼女達にも良く分かってもらえたと思う。

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