メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

美ヶ原

先月の24日、日本へ向けて出発した頃のイスタンブールは、夕方になると少し肌寒いくらいで、一向に夏らしくなっていなかった。それが、翌日、東京へ辿り着いた途端、あの猛暑で、夏好きの私もさすがに参ってしまった。
神奈川県藤野の実家の辺りは、山に囲まれ、鬱蒼と樹木が生い茂っているため、写真で見ると何だか涼しげに見えるけれど、都内よりは少しましな程度で、やはりもの凄く暑かった。犬の散歩で長時間歩いたら、汗びっしょりになってしまうほどだった。
それなら、浅草まで行って、仲見世でもぶらぶらした方が良いくらいじゃないかと思い、一度、母と一緒に出掛けてみたら、これがまた蒸し風呂にいるような凄まじい暑さで、ちょっと歩いて喫茶店で涼み、直ぐに退散した。
こうして、近所の散歩も都内観光も駄目なら、他に何処があるだろうか、姉と相談した結果、レンタカーを借りて、家族総出で”美ヶ原”へ行くことになった。家族総出だから、もちろん犬も一緒である。
美ヶ原へは、43年前にも家族総出で出かけたことがある。あの頃、家族に犬はいなかったけれど、父がいた。後の顔ぶれは変わらない、母と姉、私は未だ小学校6年生だった。
夏休みに、北アルプス槍ヶ岳まで縦走する計画で、まず燕岳へ登ったところ、翌日から雨になり、縦走を諦めて下山し、残りの休日をのんびり過ごそうと美ヶ原へ向かったのである。
霧が深く殆ど視界もない中をジープのような車で、夕方、美ヶ原のホテルに到着したと記憶している。
ところが、翌朝は一変して快晴となり、ホテルの窓から、登るはずだった槍ヶ岳も含めて北アルプスの峰々がくっきりと見渡せた。それから美ヶ原の高原を家族で歩き回った。この辺りの記憶はかなり鮮明である。
そして、今月の8日、レンタカーで諏訪の方から登った美ヶ原は、やはり快晴で高原の風は爽やかだった。
しかし母は、駐車場に車を置き、美しの塔の辺りまで歩いて来ても、43年前の家族旅行を思い出していないように見えた。
それから、北アルプスが見渡せる所へ至ると、白馬岳に登った話などしていたけれど、3人の中で白馬に登ったことがあるのは母だけである。当時、母は既に50歳を過ぎていたんじゃないかと思う。だから、私にも未だ登攀のチャンスはあるかもしれないが、どうだろう? なんだか登らずに終わりそうな気がする。
この日、母は、前々日のかなり長い散歩の影響が出たのか、駐車場へ戻る途中、酷く疲れてしまい、よろよろと足元も覚束なくなった。

 それで私が「背負いましょう」と申し出ても、「お前なんぞに背負われるほど落ちぶれちゃいない」と怒り出す。この会話が何度か繰り返された後、いよいよ足元が危なくなったので、仕方なく、無理に母を抱きかかえて暫く歩いてみたけれど、私のパワーでは、あまり長く続かなかった。
また少し母に歩いてもらい、それからまた抱きかかえて歩くことを繰り返しながら、やっと駐車場に辿り着くと、母は「お前も結構逞しくなったのう」と笑っていた。でも、あれでは情けないほど鍛え方が足りていない。今からでも遅くないから、もう少し鍛えるべきじゃないかと思った。
帰りに、中央高速に乗ってから、諏訪湖のサービスエリアで休憩したところ、母は「なんで今日はこんなに体が重いんだろう?」なんて首を捻っている。美ヶ原での苦闘は忘れてしまったらしい。
このため、翌日から、2~3日は母に休んでもらい、私が一人で犬の散歩に行こうと思っていたが、1日置いたら、母はもう元気なっていて、また一緒に散歩に出た。84歳にしては見事な回復力じゃないかと思う。
ところが、アルツハイマーによる記憶障害の方は、全く回復しそうに見えない。それより、体力や諸々の衰えの方が先に来てしまっているような気がする。
でも未だ、私がイスタンブールに住んでいて、たまに帰国すること、そして自分も何度かイスタンブールへ出かけたことがあるといった大枠は認識していて、散歩の途中で会った人に「これがイスタンブールから帰って来ているもんで・・・」などと挨拶したりしている。
しかし、その人と別れてから、「今の人誰?」と訊いても、「えーと誰だろう?」と惚けてしまうのである。
13日の朝、成田へ向かう私を、母は犬の散歩がてら、藤野の駅まで送ってくれた。
改札を通り、階段を上り下りしてホームに出ると、駅の外で、母が小雨の中、傘を差しながら、ホームの様子を覗っているのが見えたので、良く見えるように屋根のないホームの先端まで出たところ、母は「気を付けて行って来なさい。雨に濡れるから、そこまで出てこなくても良いよ」と大きな声で言い、手を振っていた。
あの時点で、母はまだ、私がイスタンブールへ帰るところであることを覚えていただろうか? その辺は解らないが、多分、犬を連れて、家に着いた頃には、いつもの朝の散歩から戻った気分になっていて、駅まで私を見送りに来たことも忘れていたのではないかと思う。

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