メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

“恋人たちの日”の悲劇

明日はバレンタインデーらしい。91年に初めてトルコへやって来た頃は、この日が近づいても、何か話題になるわけじゃなく、『やっとあの忌々しい日から解放されたわい』なんて思っていたけれど、15年ぐらい前から、この日を祝う人たちがトルコでも増えて来ていた。

その名も“恋人たちの日”と言って、これが近づくと街角のケーキ屋さんに派手な広告が掲げられ、ハート型のケーキが売りに出されたりして、実に忌々しい光景が展開されるようになった。

忌々しいのは、この日になっても、私の身辺に何も起こらないからで、ハート型のケーキで祝ってもらったら、たちまち嬉しい日になってしまうのだろう。

しかし、日本でチョコレートもらえなかった奴は、こちらへ来ても、やっぱりハート型に有りつけない。こうして、また忌々しい日が繰り返されるのである。

これがイエニドアンに越して以来、少し楽になっていたかもしれない。この辺りでもハート型のケーキは売られているけれど、特に派手な広告は目に付かないから、知らない間に過ぎていたりした。

でも今日は、新聞の記事で、“恋人たちの日”を知らされてしまった。

新聞を広げたら、一面の片隅に「モンゴル人の若者たちボスポラス海峡で溺死」という見出しが出ている。亡くなった若者たちの小さな写真もあり、それが知り合いのモンゴル人にちょっと似ているような気がしたので、『ええっ!?』と思いながら、真っ先にこの記事を読んでみた。

記事は、「“恋人たちの日”を祝うため、イスタンブールへ旅行に来たモンゴル人の若者たちが・・・」と書き出されていて、どうやら私の知り合いではないことが直ぐに分かった。

留学中のスイスから来たモンゴル人のカップルが、宿泊していたボスポラス海峡沿いのホテルで海際に出て、まずは男子のほうが足を滑らせて海に落ち、これを助けようとして飛び込んだ彼女もそのまま溺れてしまったらしい。この寒さじゃひとたまりもなかったと思う。彼女はモンゴルの法務大臣の娘さんだったそうである。

記事が出ていたのは、“イエニ・シャファック”というイスラム色の濃い新聞で、AKP政権に近いとされている。その記事に、「“恋人たちの日”を祝うため・・・」と当たり前に書き出されているのだから、“恋人たちの日”は既にトルコの社会で広く認知されているのだろう。しかし、なんとも悲惨な“恋人たちの日”になってしまった。