メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

大統領候補のセラハッティン・デミルタシュ氏

HDP(人民の民主党)から大統領選に立候補したセラハッティン・デミルタシュ氏は、まだ41歳と若い。4年前には、HDPの前身となったクルド地域政党BDP(平和民主党)で、早くも党の指導的地位に上り詰めている。

しかし、ウイキペディアのトルコ版を見ても、過激なクルド民族運動を展開した等の華々しい経歴は出てこない。これといった縁故もなさそうだ。

目に付くのは、アンカラ大学法学部卒という輝かしい学歴ぐらいである。弁舌も巧みで有能な人物には違いないと思うが、ある程度は、この学歴が効力を発揮しているのではないだろうか。

トルコで、アンカラ大学の法学部と言えば、やはり相当なステータスがあるらしい。歴代の憲法裁判所長官を見ると、17人の内10人がアンカラ大学法学部、6人がイスタンブール大学法学部で、この両大学以外は一人しかいない(現長官のハシム・クルチ氏-エスキシェヒル大学)。

政治の世界でも、アンカラ大学法学部の出身者は幅を利かせている。例をあげるならば、エルドアン首相を補佐する重鎮と言われている2人の副首相、ベシル・アタライ氏とビュレント・アルンチ氏、第一野党CHPの前党首デニズ・バイカル氏などがそうである。

1974年から2002年までの間に、トルコ共和国の首相を5期に亘って務めた故ビュレント・エジェヴィット氏も、アンカラ大学法学部に在籍していたことがあったという。

アンカラ大学は、政治学部も際立っている。政治学部を“ミュルキエ”と呼ぶ古い言い方もあり、辞書を見れば、“ミュルキエ”は、「非軍人の文民・文官/政治学部」となっているけれど、これは即ちアンカラ大学の政治学部を指しているようだ。

年配のジャーナリストは、今でも「私が“ミュルキエ”で学んでいた頃・・・」などと平気で書く。いちいち「アンカラ大学の・・」と明記する必要はないらしい。

政界のミュルキエ出身者としては、元首相のメスト・ユルマズ氏、外相や国会議長を歴任したヒクメット・チェティン氏らの名を上げることができる。クルド武装組織PKKのオジャラン党首も、一時期アンカラ大学政治学部に在籍していたそうである。

ここで、「だから、アンカラ大学の法学部を出ているセラハッティン・デミルタシュ氏は期待できる」なんてつまらないことを言うつもりはないけれど、トルコの政界を見ると、与党も野党も、ある程度の見識を備えた人物しかトップには立っていないような気がする。

たとえば、MHP(民族主義行動党)の支持者には、“狂信的”としか思えないトルコ民族主義者も少なくないが、党首のデヴレット・バフチェリ氏は博士号を持つ学者である。党幹部の中でも穏健派に属するんじゃないかと思う。

この辺りに、トルコの人たちのバランス感覚が現れているのではないだろうか。また、何処の政党にも、健全な競争の原理が働いているのか、あまり非常識な人は勝ち上がって来られないようである。

二世議員やタレント議員も少ない。トルコの民間企業は、世襲で駄目になってしまうケースが多いのに、政界は随分違う。日本とはまったく逆になっている。

トルコは、オスマン帝国以来の伝統で、やはり軍事と政治に強いのかもしれない。