メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

政治的解決か、軍事的解決か?

今日のサバ―紙のコラムでエムレ・アキョズ氏は、カディルハス大学がテロの問題について、2011年来実施してきたアンケート調査の結果を紹介している。

アンケートの要旨は、「テロに対して、政治的あるいは軍事的な解決のいずれが有効か」というもので、以下のような結果が得られたそうだ。


      政治的解決     軍事的解決

2011年   29.5%     44.2%

2012年   26.1%     50.1%

2013年   35.8%     35.9%

2014年   30.9%     39.2%

2015年   30.1%     31.6%


アキョズ氏によれば、ここで問われているテロの問題とは、即ちクルド・PKKの問題であり、アキョズ氏は、分けても2015年の結果に注目している。

2013年は、クルド問題の解決に向けて、“和平プロセス”が華々しくスタートした年であり、政治的な解決への期待がかなり高まったものの、早くも翌2014年に“和平”の雲行きは怪しくなり、2015年の後半には、再び武力衝突に至ってしまった。

ところが、その2015年、軍事的解決を有効と見る人の割合は、最低の“31.6%”に落ち込んだ。

アキョズ氏が注目しているのは、この点であり、つまり軍事的な攻勢に出たものの、それほど成果が上がっていないため、軍事的な解決を支持してきた人たちも、これに疑問を懐き始めているのではないかという分析である。

“和平プロセス”が始まった2013年には、政治的な解決の当事者である政権与党AKP、そしてクルド系政党BDP(現HDP)の双方に対して期待が高まっていたと思う。

私も、BDPのセラハッティン・デミルタシュ党首は未だ若いから、将来的には「トルコの政治家」として活躍できるのではないかと期待していた。しかし、今にして思えば、あの若いデミルタシュ氏が、どうして党首になれたのか、その辺を良く考えて見るべきだったかもしれない。

BDP、そして装いを新たにしたHDPのトップに、デミルタシュ氏とフィゲン・ユクセクダー氏の両人が抜擢されたのは、PKKの指示によるものだという説が、いよいよ有力になってきている。

さらに、ああいう美男美女を看板に掲げる戦略は、PKKの発案なのか、それとも外部からの入れ知恵なのかという疑問も湧いてきてしまう。

デミルタシュ氏は、2014年8月の大統領選挙に立候補している。選挙後、ルム(在トルコのギリシャ人)の故マリアさんの娘であるスザンナさんに、「誰に投票したの?」と訊いたら、嬉しそうに「セラハッティン・デミルタシュ!」と答えた。理由は、「ハンサムだから・・」なのだそうである。

まあ、私もデミルタシュ氏から「爽やかな印象」を受けていたから他人のことは言えない。

結局、2015年になって、エルドアン大統領は、デミルタシュ氏らが「和平プロセスの窓口」には成り得ないと見限り、プロセスを凍結する。

ところで、エルドアン大統領とAKPは、どの時点まで、彼らのことを信用していたのだろう? というより、一時的にせよ信用していたとしたら、それは極めて甘い見通しだったと言えるかもしれない。

熱烈なエルドアン大統領の支持者である近所の家電修理屋さんでさえ、昨年11月の再選挙にAKPが勝利したのを喜びながらも、和平プロセスの失敗については、以下のようにエルドアン大統領を手厳しく批判していた。

「あれはターイプの重大な過失だった。我らがターイプだから、一度の過ちは許すが、今度またクルド人たちに譲歩するようなことがあったら、もう許さない。我々は二度とAKPには投票しないだろう」

もちろん、反対派によるエルドアン大統領への非難は、手厳しいなんてレベルではない。反エルドアンである政教分離主義者の友人は、昨年来、鬼の首でも取ったかのように、「だから言わんこっちゃない!」と和平プロセスの失敗を論じている。

彼は相当なインテリだが、論点は小卒の家電修理屋さんと大して変わらない。クルド人に譲歩したのが間違いだったと言うのである。クルド人は徹底的にトルコ人として同化させなければならず、その為には激しい武力弾圧も許されるそうだ。

現在の軍事作戦は、PKKのメンバーと一般クルド人市民を慎重に分けながら進めているため、なかなか成果が上がらないと説明されているけれど、彼によれば、これも手ぬるい作戦ということになるらしい。

しかし、彼のような主張は、政教分離主義者の中でも既に少数派じゃないだろうか? 2015年になって、軍事的解決を有効と見る人の割合は、最低の“31.6%”に落ち込んでいるのである。 

知識人の間からは、この友人と全く逆の立場で、エルドアン大統領とAKPを激しく非難する声も上がっており、挙句の果てには、PKKに対する“武力弾圧”を止めるよう呼びかけて署名を集めたとして、相当数の知識人が“テロを庇護した容疑”で起訴される事態に至った。

これは起訴する方もどうかしているが、知識人らの声明は確かに認め難い内容であるかもしれない。PKKの武力闘争に、権利の要求といった意義はもう全く残っていないと思う。

おそらく、AKP政権と軍は、これからもPKKに対しては軍事的な解決、クルド問題については政治的な解決を目指して、彼らの民族的な権利をさらに認めるような方向へ進んで行くのではないだろうか。
 

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