メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

職人気質

ちょうど1年前の6月の“通信”に、「目標は大西洋」と題して、イスタンブールイズミルの靴メーカーにおける見聞を記したけれど、先月、このイズミルの婦人靴メーカーを再訪する機会に恵まれました。
今回は、経営に携わっている次女と三女に、もう少し詳しい話を伺うことが出来たので、またここに記してみたいと思います。
叩き上げの職人風に見えたお父さんは、やはり小学校しか出ていないそうですが、「父は独学で本を読みながら歴史などについても勉強しました。私は大学を卒業しているけれど、歴史の知識は父に敵いません」と次女は言います。彼女たちは大学で経営学を学んだものの、三女はお父さんについて靴のデザインも勉強し、今では主にデザインを担当しているそうです。「イスタンブールの大きな靴メーカーでは大学のデザイン科を卒業した人がデザインを描いていますが、彼らは靴の製造工程を知らないから、修正しなければ使えないデザインだったりします」。
日本の服飾業界でも、最近はパターンの作れないデザイナーがいるという話を聞いたことがあるけれど、トルコの場合、大学を出てしまった人たちは、往々にして現場へ入りたがらない為、より深刻な問題になっているかもしれません。現場でこそ磨かれる感性や職人仕事を軽んじる傾向も見られます。
これも先月見聞した出来事ですが、トルコの会社へ昔納めた機械を点検しに来た日本の技術者が、あるパーツの良否を指の感触で確かめ、「このぐらいにザラつきが無ければ良し」としたところ、トルコ側は“ザラつき加減”を測る精密な計測器による測定値を要求し、これを日本の技術者が「その必要は無し。人間の指というのは実に微妙な凹凸まで感知することができる」と退けたら、トルコ側は「貴方の指と私たちの指は違う」と言い張ってなかなか収まりがつきませんでした。トルコのエンジニアたちは、「指の感触で・・・」なんて言うと、前近代的な職人芸であると思ってしまうのでしょう。
しかし、この靴メーカーの姉妹は、お父さんの仕事を間近に見てきたから、現場の大切さを充分認識しているに違いありません。
先月は、イスタンブールで他の靴メーカーも訪れました。こちらは紳士靴を中心に日本の市場でもかなりの実績を持つメーカーであり、60歳ぐらいの社長さんは、もともと上流の家庭に生まれ、大学を卒業してから兄弟で革製品の会社を設立し、その後、靴メーカーとして独立して現在に至ったようです。その紳士的な振る舞いに優しい人柄が滲み出ているような方で、現場の職人さんたちとも和気藹々としている雰囲気が感じられます。
この方には30半ばぐらいの息子さんがいて、実に素晴らしい青年でした。もちろん彼も大学教育を受けた上で経営に参画しているようだけれど、家業となった靴作りに心底惚れこんで取り組んでいる姿勢がひしひしと伝わって来るのです。
なにしろデザインから靴作りの元になる木型の製作までを自らやってのけてしまいます。多分、一つの靴を自分一人で作り上げてしまうことが出来るのではないでしょうか。新しいデザイン、新しい技術、全てを貪欲に吸収してそこから何か生み出そうとする熱意に驚かされました。彼のことを“叩き上げの職人”と言うわけにも行かず、いったい何と表現したら良いものやら戸惑ってしまいます。