メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

高級バスの時代は終わった?

先週の旅、まずイスタンブールからサムスンへ、そしてユンエ~アンカライスタンブールと、長距離の移動は全てバスを使った。
イスタンブールサムスンは、航空機なら1時間ぐらいだが、バスだとほぼ10時間かかる。それでいて、既に料金の差はいくらでもない。時間帯によっては、航空機のほうが安いくらいだ。しかし、急ぐ旅でもないのでバスにした。
先週の水曜日、朝10時半にウルソイ社のバスに乗り、サムスンに着いたのは、夜の8時20分だった。
かつて、“高級”を売り物にしていたウルソイ社のバスは、ノンストップ便が殆どだったけれど、先週のバスはあちこちのターミナルで乗客を乗り降りさせていたから、かなり余計な時間がかかっていた。
これだけ航空機の旅が普及してしまうと、バスは価格で勝負するよりない。もう快適な“高級バス”の時代は、完全に幕を閉じたようだ。ウルソイ社を凌ぎ、“高級バス”の代名詞となっていたヴァラン社は、昨年だったか、ウルソイ社に吸収されてしまった。
ウルソイ社は、バスだけじゃなくて、トラックによる運送事業も行なっているし、本拠地の黒海地方では、以前から“高級バス”と併せて、低価格のバス便も運行させていた。それで何とか生き残ったのだろう。ヴァラン社は、高級バスに特化していた為、ひとたまりも無かった。

90年代、ウルソイやヴァランのバスに乗ると、美人の女性乗務員が、トルコ語の後に英語でもアナウンスして、英字新聞を配ったりしていた。大学教授といったハイソサエティーな乗客と隣席になることも少なくなかった。
でも、ウルソイのバスでは、一度、イズミルからイスタンブールまで、ウルソイ社のトラック運転手と隣席になった。イズミルでトラックを海外航路のフェリーに乗せ、イスタンブールで他の用事を済ませてから、飛行機でイタリアだか何処かのフェリーの到着地に向かうそうである。この運転手さんとの長い雑談は、大学教授とのそれより、よっぽど面白かった。94年頃のことだと思う。
それが今や、航空機の国内線で、農家のお上さんたちと隣り合わせになって、雑談を楽しむ時代になった。しかし、西欧志向の強い“白いトルコ人”の中には、「アタテュルク空港の国内線ロビーが、地方のバス・ターミナル状態になってしまった」と言って、この発展さえ嘆き悲しむ人たちがいる。彼らは、いったいトルコのどういう“発展”を期待していたのだろう?