メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコのムスリムと豚肉

昨年、日本へ往来した際、親しくしているトルコ人の家族に、日本のお土産として“カレーのルー”を買って来ました。大学生の娘さんは日本へ旅行したこともあり、家族の皆がカレーを喜んで食べていたからです。

ところが、いざこのお土産を渡してみたところ、お父さんはパッケージの裏表をまんべんなく眺めてから、「日本語の表記しかないけれど、豚は入っていないだろうね? ちょっと読んで確認してよ」と、それを私の手元へ戻したので、もうその時に『しまった!』と思いながら、恐る恐る“原材料”の表示に目を通してみると、果たしてそこには「ラード」の文字がしっかり記されていました。

「残念だけれど、これはだめですよ」
「あっそう? じゃあ仕方がない。わざわざ持ってきてくれたのに、すまなかったね」

と、せっかくのお土産は全く洒落にもならない結果に終わってしまったのです。

この家族、お父さんも若い頃には結構飲んでいたという話だけれど、10年近く付き合っていて彼が飲んでいるところは未だに見たことがないし、お母さんの方は、亭主をトルコに残したまま一人で国外旅行に出かけてしまうほどの行動派で、全く酒を嗜まないというわけではないものの、夫婦ともに保守的な地方の出身であり、もちろん信仰に篤いムスリムだから、ラードが入っている“カレーのルー”を勧めるわけにはいきませんでした。

大学生の娘は、英語が達者で外国人の友達も多く、これまた頗る行動派で社交的なものだから、やはり全く酒を嗜まないというわけではないけれど、それもせいぜい乾杯の時に加わるぐらいで、見かけより遥かに信仰心があって、「イスラムに帰依しているから進化論は信じない」と主張しているくらいです。

それで、当然、娘の方も、さすがに“ラード入りカレー・ルー”はダメなのかと思っていたら、暫くして会った時に、「あなたも馬鹿ねえ、なんでお父さんにわざわざ豚が入っていることを話しちゃうの? 黙っていれば皆で食べてしまったのに」と言われてびっくり。

隣で聞いていた弟も驚いて、「姉さん、豚はダメだ。それぐらい知ってるだろう?」と詰め寄ったけれど、彼女は「ほらね、こういう馬鹿もいるでしょ。今度カレーが手に入ったら一人で全部食べることにするわ」と軽くあしらっていました。

この例に限らず、最近のトルコでは、海外へ出かける機会の多いビジネスマンなどに、豚を平気で食べる人が増えているようです。

中には、教義上、豚と知らずに食べてしまった場合は許されることを逆手に取って、「海外へ出たら、料理を勧めてくれる人に、何の肉が使われているのか絶対に明らかにしないでくれと宣言して、出されたものは全て食べてしまうんだ」という“信仰に篤い”ムスリムもいます。

2003年、東京で数人のトルコ人ビジネスマンを案内した時には、こんな一幕もありました。

一人のビジネスマンが、その場に居合わせていない同業者について、「昨晩、夕食を一緒にしたら、あの野郎、豚肉を食べてしまったんだよ」と陰口を叩いたところ、同僚の一人に「そんなこと言ってお前は酒飲んでいるじゃないか。酒も豚も禁忌の度合いは同じだぜ」とやり返されたので、さらに「しかし、あの野郎は、それが豚であることを知っていながら食べていたんだからな」と付け加えたら、これを受けてその同僚、さも驚いたような顔をしながら、「えっ!? すると何か、お前はこれが酒だってことを知らずに飲んでいるのか?」。

これには皆が笑い出してしまったから、最初に陰口を叩いた男も釣られて苦笑いするよりありませんでした。