メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

イスタンブールのユダヤ教コーシェルの料理店

イスタンブールには、まだ1万8千人ほどのユダヤ人が暮らしていて、その多くが、1492年に終結したレコンキスタで、イベリア半島を追われたセファルディ系ユダヤ人の子孫とされている。
1957年にイスタンブールで生まれたユダヤ人の小説家マリオ・レヴィ氏は、トルコのテレビ番組で、子供の頃、両親とはトルコ語で話し、母方の祖母からフランス語を、そして父方の祖母からラディノ語を教わったと語っていた。
ラディノ語は、セファルディ系ユダヤ人の話すスペイン語の方言とも言われ、15世紀の古いスペイン語の特徴を残しているらしい。
イスタンブールの旧市街エミノニュには、ユダヤの教義に則ったコーシェルの料理を提供している店もあるという。
昨日の昼過ぎ、2時頃にこの「レヴィ・エトゥ・ロカンタス(レヴィ肉料理店)」を訪れて見た。過越祭“ペサハ”の期間中だから、混んでいるかと思ったが、20席ほどある店内には、店の人が2人いるだけで、客は一人もいなかった。
トルコの料理店で良く見られるように、6種類ほどの料理がカウンターに並べられていて、そこから選べるようになっている。
ズッキーニの皮だけを使った冷菜が、ユダヤ人に特有な料理だと店の人が説明するので、まずこれを頼み、それからミートボールのシチュー、過越祭用の酵母無しパンと野菜を一緒に煮込んだ料理を食べてみることにした。
平たい酵母無しパンは、各テーブルにも用意されていて、これは何だかクラッカーのような食感だった。
正面の壁にはエルサレムの絵、そしてアタテュルクの肖像画が掲げられ、その隣の棚にはワインの瓶が並んでいる。肉やその他の食材はもちろん、ワインもコーシェルの規定に従っていなければならないそうだ。珍しいので、そのワインも一杯所望した。
ワインは、我が家でたまに凄く安い最低のワインを飲んでいる所為か、レストラン等で飲むと、いずれもなかなか美味く感じられる。このコーシェルのワインも実に美味しかった。料理も皆美味しかったが、味付けは普通のトルコ料理と殆ど変わらないように思えた。
出揃った料理を食べていると、3人連れと1人、二組の客が入ってきた。3人連れは、中年の男女で、いずれも教養はあるけれど信仰は殆ど無さそうなトルコ人。ワインで乾杯して、楽しそうに盛り上がっていた。
1人で来た35~40歳ぐらいの男性は、在イスタンブールユダヤ人。ヘブライ語が解るかどうか訊いたら、聖典ヘブライ文字は読めても会話は無理だと言う。
「トルコのユダヤ人の母語は、多くの場合トルコ語です。私の両親はラディノ語を話しますが、私たちの世代になると話せる人は殆どいません。・・・・両親がスペインに行って、地元の人とラディノ語で話したら、『まるで(ドン・キホーテの)セルバンテスと話しているみたいだ』と言われたそうです」
このセルバンテスの話は面白かった。
料理について説明してくれた店の人は経営者で、このレストランを、“ハーハムバシュルック”と呼ばれる、トルコのユダヤ人社会の最高機関から認可を得て運営していると明らかにしていたが、本人はそれほど厳格なユダヤ教徒に見えず、「この店には、無神論者のトルコ人も来ます。どんな思想信条の人にも敬意を示さなければ・・・」と言うので、安心して、冗談も交えながら色んな話をした。
この店には、イスラエルなどからトルコへ旅行に来たユダヤ人はもちろん、トルコを旅行中の外国のムスリムも訪れるそうだ。ユダヤ人の機関から認可を得ているレストランは、コーシェルの規定に厳格であり、ユダヤイスラムの双方が禁忌としている豚肉などを絶対に使用しないため、いい加減なムスリムの店より、よっぽど信頼されているらしい。
コーシェルには、豚だけじゃなくて、エビやカニも駄目であるとか、肉類と乳製品を一緒に食べてはいけないとか、複雑な規定のあることが知られている。
日本語に堪能なトルコ人の友人は、トルコのユダヤ人のグループを日本に連れて行ったら、殆ど食べられるものがなくて閉口したとぼやいていた。友人は無神論者で、豚肉でも何でも食べるから、普通のムスリムトルコ人を案内する時も、「豚が食えないなんて困った連中だ」と文句ばかり言ってたけれど、ユダヤ人はそれを遥かに上回っていたのだろう。
店の経営者の人は、こんな話も「ハハハハ」と笑いながら聞いていたが、そのうち彼自身はムスリムで、しかも結構敬虔な部類であることが明らかになり、私はちょっと驚いてしまった。
「妻もスカーフを被っていますよ。でも、別に私が望んだわけじゃないし、あれの母親や姉妹は誰も被っていません。まあ、いろんな人がいますから・・・」なんて言うのである。
どうやら、ユダヤ人が始めた店で、彼は調理師として働きながら、コーシェルの料理を覚え、そのユダヤ人から店を譲り受けたようだ。
この店は、コーシェルの食材を使っているため、かなり割高だったけれど、お腹だけじゃなくて好奇心も満たされたと思えば、納得がいく料金だったかもしれない。

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