メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

ムスリムの礼拝

礼拝の際、ムスリムは、メッカの方へ向かって平伏して祈る。これは、女性も同じやり方のはずであるが、未だかつて女性が礼拝しているところを見たことはない。

モスクで、女性が祈るのは2階に設けられた専用の礼拝所。夫婦が家に居る時でさえ礼拝は別々にするそうだから、ムスリムであっても男が女性の礼拝姿を見る機会はあまりないのだろう。
クズルック工場には、一応小さな礼拝所がひとつだけあり、真中に簡単なついたてを置いて男女を隔てている。
出向して来たばかりの日本人スタッフは、入口に脱いだ靴が置かれ男女の出入りするこの部屋を見て訝り、英語の分かるトルコ人に、中で何をしているのか尋ねたところ、「プレイ」という答えが返って来たので、一体どういう「プレイ」なんだと益々不審に思ったそうである。
ムスリムの礼拝は、決められた作法通りに立ったり平伏したりと、まさにプレイするわけだが、彼らはこれでとてもリラックスできるらしい。日本の茶道も、細かい作法に気を取られることによって雑念が消え去り、くつろいだ気分になれると言うから、それと同じような理屈かも知れない。
さて、ある夕方、残業して、閑散としたオフィスにいると、チーフのマサルさんが、部下の青年を隅に呼んで、厳しい調子で注意を与えている。休憩時間でもないのに、礼拝所で祈っていたというのがその理由。

しかし、なんでそれが分かったかのと言えば、どうやらマサルさんも、そこで一緒に祈っていたようなのである。

「チーフの私に残業代はつきませんから、仕事の合間を見て適当な時間に祈ることもできます。でも、彼の場合は、就業時間中なんですね。5回の礼拝は休憩時間中にできるようになっているので、その間にしないといけません」。
マサルさんが、礼拝所で何時、彼に気がついたのか聞き漏らしたが、祈っている最中は一心になっていて、それどころじゃないだろう。

また、祈り始める前に気付いたとしても、礼拝所の中で、「おい、就業時間中に何やっているんだ」とやるわけには行かなかったはずだ。

それで、とにかく雑念を払って祈り、礼拝所を出てから、「何で今頃祈っているんだ。これは一言注意しなければならんなあ」と考えたのかも知れない。
いずれにせよ、礼拝所の中で、ひたすら神に祈っていた敬虔なムスリムが、礼拝所を一歩出た時には、冷厳な資本主義者になっていたのである。
イスラムには、「明日にでも死が訪れるかのように来世を考えよ。そして、永遠に生が続くかのように現世を生きよ」という言葉もある。礼拝所を出た途端、冷厳な資本主義者になるのは、ムスリムにとって一向に矛盾したものではないかもしれない。

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