メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

イスラム教導師養成高校

昨年の5月、黒海地方ユンエで歴史科の教員を務めている友人ネヴザットさんの長男が結婚し、私もその式に参席して来た。
ネヴザットさんは敬虔なムスリムで、彼の親族には“イマーム・ハティップ・リセスィ(イスラム教導師養成高校)”を卒業した人が多い。弟の一人は、イマームイスラム教導師)の職に就いている。
敬虔なムスリムと申し上げたが、ネヴザットさんの場合、イスラムの信仰を大切にして、酒を飲まず、ラマダン月には可能な限り断食を実践するぐらいで、1日5回の礼拝の全てを欠かさずに行っているわけじゃないし、奥さんもスカーフは被っていない。
ネヴザットさんは、98~99年頃、夫婦揃って日本へ出稼ぎに行ってたが、日本の人たちは、暫く付き合って見なければ、ネヴザットさん夫婦がムスリムであることにも気がつかなかったのではないかと思う。
長男と長女のイスラム的な傾向はどのくらいなのか良く解らない。両親よりもさらに薄いような気がする。長女は、モダンで活発な大学生、兄の結婚式に同級生の男子学生を招いていたけれど、女子の友達より男子の友達の方が多そうな感じの娘さんだ。
長男は法学部を卒業して既に弁護士事務所を開設したそうである。新婦は高校の同級生らしいが、彼女の両親はイスラム的な傾向があまり見られない政教分離主義者で、各々の家庭はかなり雰囲気が違う。この若夫婦の家庭を“政教分離主義”とか“イスラム的”といったカテゴリーに分類できるだろうか? 
結婚式には、長男の法学部同期の友人も参席していたが、この青年にあまりイスラム的な傾向がないのは明らかだった。
式の後、青年がネヴザットさんの親族と語り合っているのに耳を傾けると、何からそういう話題になったのか、彼がイスラム教導師養成高校について話していた。
「・・・昔は裁判官や検事志望者の審査で、導師養成高校の出身者は全て外されていたそうですよ。そんなことはやるべきじゃなかった。まあ、今は導師養成高校の出身者が優先されているから、これも問題なんですが・・・」
こう言って彼は、「ハハハハ」と笑い飛ばしていた。そこには『大丈夫、僕らの世代で、この国をもっと良くしてみせます』という自信が覗えた。
導師養成高校出身のエルドアン首相は、「我々はこの国で、黒人のような扱いを受けていた」と発言して物議を醸していたけれど、導師養成高校出身者を始めとする“敬虔なムスリム”たちが、不利な条件の中で、一生懸命努力して来たのは事実じゃないだろうか。
12年前、クズルック村の工場で、トルコ人チーフのマサルさんは敬虔なムスリムだったが、同僚のトルコ人エンジニアは、マサルさんを指して、「ああいう人は、普通のトルコの大企業では出世できない。だから、こういう外資系の会社を選ぶ」と言うのである。それで、マサルさんに、この日系企業に就職する前、何処で働いていたのか訊いたら、やはり米国資本の会社で働いていたそうだ。
AKPが政権の基盤を固めて以来、立場が逆になってしまったとしても、今度は政教分離主義者の人たちが、一生懸命に努力すれば、良いのではないか。 前述の青年には、そういう自信があったのだろう。
もちろん、導師養成高校の出身者が優遇されているとしたら、大きな問題に違いない。そして、政教分離主義者の中には、これを是正しようにも、大多数を占める保守層に対して、選挙で政権を交替させるのは、もう無理かもしれないと焦燥感を懐く人もいるようだ。
しかし、どうなんだろう? 経済の発展に伴い、社会のニーズも多様化している。“導師養成高校の出身者”“敬虔なムスリム”と言っても既に一様ではない。色んな人がいる。AKPの得票率だって高々50%なのだから、いくらでも打つ手はあるはずだ。それなのに、デモを煽って騒ぎ立てるだけでは余りにも悲しい。
導師養成高校も宗教教育以外の科目では、一般の高校と同じカリキュラムを使っていて、“政教分離”についても教えている。私には、今後、トルコが政教分離から大きく逸脱してしまう可能性は殆どないように思える。エルドアン首相もギュル大統領も、政教分離体制の放棄など全く考えていないのではないか。
エルドアン首相らは、おそらく政教分離体制の中で、社会の様々なところに、イスラムの教えを反映させたいという意志は持っているだろう。それさえ無かったとしたら、彼らの信念が疑われてしまう。
政教分離主義者の人たちも、これに対して、質の高い世俗的な文化を反映させるよう努めれば良いと思う。
しかし、極端な政教分離主義者が、導師養成高校なども全廃して、日本のように宗教が表立って見えない社会を夢見ていたとしたら、もうその夢は破れてしまったに違いない。そもそも実現可能な夢だったのだろうか?
さて、公園の再開発問題だが、エルドアン首相は「住民投票」を提案したそうだ。あくまでも多数決で打開するつもりらしい。少数派の声に耳を傾ける機会になれば良かったのに、とても残念。

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