メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

7月15日クーデター事件から1年/プーチン大統領の語ったクーデター事件

《2017年7月15日付け記事の再録》

2016年7月15日の夜、悪夢のようなクーデター事件が勃発した。しかし、イスタンブールの外れのイエニドアンの街に住んでいた私は、あの日、11時半頃に就寝したまま、事件には全く気が付かず、朝まで眠りこけていた。

朝起きてから、事件の概要を知り、愕然となったが、いくらも経たない内に、クーデターは制圧され、私は市内の様子を観察しようと、ヨーロッパ側のタクシムまで出かけた。
もちろん、その時点で、ある程度の緊張感と興奮はあったけれど、街の様子が余りにも平穏に見えたため、落ち着きを失うほどではなかった。
私が興奮の高まりを覚え始めたのは、翌17日以降、続々と伝えられる事件の詳細や識者らの解説を聞いてからだと思う。
『トルコは大丈夫だろうか?』という不安に駆られ、興奮した状態が何日も続いて、夜遅くまで色々調べたり、愚考を廻らしたりしながら、まったく疲れを感じなかった。アドレナリンとやらが大分出ていたのかもしれない。
あれから1年、トルコは既に危機を脱したかに見える。とはいえ、まだ事件の全容が明らかになったわけではない。首謀者とされるフェトフッラー・ギュレン師は、米国に居住したままであり、教団の幹部の多くも国外へ逃げてしまったからだ。

先日、インタビューに答えたイルケル・バシュブー元参謀総長は、ギュレン師と主要幹部が逮捕されない限り、気を緩めてはならないと語っていた。しかし、米国がギュレン師をトルコへ送還する可能性については、今でも否定的な見解を示す識者が少なくない。
また、ギュレン師が送還されたところで、事件の全てが明らかになるとは思えないような気もする。例えば、事件勃発後、政権と軍部の間では、どのようなやり取りがあったのだろう?
クーデターの企ては、その不穏な動きに関して、配下の将校から報告を受けたアカル参謀総長らが、対策へ乗り出したことにより、クーデター側の足並みが乱れ、不成功に終わったと言われているものの、参謀総長らは、報告を受けた時点で、それを直ぐにエルドアン大統領やユルドゥルム首相へ伝えなかったそうである。
参謀総長の弁明によると、不穏な動きがクーデターの企てであるとは思わず、軍の内部で対応が可能な事件と誤認したためらしい。
アカル参謀総長は就任以来、エルドアン大統領と親密な様子を見せて、軍部と政権の協調関係をアピールしていたけれど、それほどでもなかったようだ。事件後、これはどのように変化したのか?
政権側は、当然、上記の件ばかりでなく、何故、クーデターの企てを未然に防げなかったのか、軍部を問い質したはずだが、軍部はそれ以前から、ギュレン教団を太らせてしまった政権側の落ち度に迫っていたかもしれない。
2009~2012頃に吹き荒れたエルゲネコン事件騒動では、AKP政権に対してクーデターを企てたとされる退役将軍や現役の軍関係者らが続々と逮捕された。
企てに関する様々な情報が、軍の内部から漏洩していたため、当初は、軍の内部に思想的な対立があったという説も唱えられていたけれど、現在は、このエルゲネコン事件も全てギュレン教団の仕組んだ陰謀だったのではないかという説が有力になってきている。
つまり、軍の内部に巣食っていたギュレン教団系の将校らが、“情報”をでっち上げたうえで漏洩し、ギュレン教団系の検察官らがこれを立件しようとしたと言うのである。
そして、現役将校らが逮捕されて生じた空白に、ギュレン教団系将校が昇進して入り込み、ギュレン教団は着々と軍の内部で力を蓄えて行ったらしい。
これを放置してギュレン教団を太らせてしまったAKP政権は、今、その責任を問われている。このように、軍部と政権の間には、まだまだ様々な緊張があるように思えてならない。しかし、それが表面化する事態には至らないのではないだろうか?
一方、取り沙汰されているギュレン教団とCIAの関係も、仮にギュレン師が送還されたところで、明らかにはならないまま済んでしまうかもしれない。
6月18日付けのサバー紙、メリッヒ・アルトゥノク氏のコラムによれば、オリバー・ストーン監督が制作したドキュメンタリー映画のために、インタビューに答えたロシアのプーチン大統領は、以下のように語っていたという。
「トルコのエルドアン大統領が、私に、クーデターへアメリカが関与したと述べたことは一度もない。しかし、私は次のように考えている。もしも、ギュレンが実際にクーデターへ関与していたのであれば、アメリカの情報機関が、この事件の過程を知らなかったとは想像し難い。また、アメリカ空軍は、トルコのインジルリク基地に駐屯しているけれど、インジルリク基地の軍人たちこそが、クーデターの企てを実行に移したのである。・・・」
ロシアの立場は解らないが、トルコとしては、アメリカと事を荒立てたくないだろうから、そこまで追及しようとは思っていないような気がする。

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