メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

ナイトクラブ“レイナ”

 襲撃されたナイトクラブの“レイナ”には、2005年の夏、マルマライの工事現場の人たちと出かけたことがあった。

日本から出向していた職人の親方やトルコ人作業員の面々であり、「7月15日クーデター」で兄弟を失ったオカンも来ていた。↓

 レイナは、中央部分が露天になっているナイトクラブで、新年祝い等のイベント以外は、夏季のみの営業だったような気がする。

露天部分の正面にはステージが設置されており、そこに有名な歌手なども登場していた。客は歌を聴きながら、ステージ前のエリアでダンスに興じることもできる。

露天部分を取り巻く周辺には、高級レストランの出店がいくつもあって、2005年の当時は、日本料理店も入っていた。

料理店の友人に、「敷居が高そうなんだけれど・・」と訊いたら、「ちょっと料金高めの“屋台村”だと思って、楽な気持ちで来てください。システムはほぼ同じですから・・」と説明してくれた。

職人の親方は、上半身一面に見事な刺青を入れているため、夏の暑い日でも、必ず長袖を着て、周囲に気を使っていたけれど、レイナへ行った時は、長袖の下に膝ぐらいまでのズボン、サンダル履きという出で立ちだった。

店の前まで来て、高級そうな雰囲気に驚いた親方は、「こんな格好で入って良いの?」と苦笑いしていた。私ら一行をのぞいて、他のトルコの人たちは、皆、派手にドレスアップして来ていたからだ。

事件のあった新年パーティーには、外国人客もたくさん来ていたようだが、通常、今も昔も客の大半を占めているのは、トルコの人たちじゃないかと思う。