メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコと韓国の民主化の歩み

2006年12月のミリエト紙で、ジャーナリストのジャン・デュンダル氏(現在、フランスに逃亡中)は、アンカラの韓国大使館で23年間にわたり、外交官として働いたぺク・サンキ氏にインタビューしながら、韓国とトルコの民主化について、以下のように述べている。

*************(以下、拙訳の同記事から引用)
トルコと非常に似た近代史を持つ韓国では、1961年の軍事クーデターにより、民主化が棚上げされた。軍部は、「後れた国の場合、民主的な体制では急速に発展することができない」という考えから、トルコの例で見られるように直ぐ退くことはなく、18年間、軍の制圧下で発展を遂げる。

ぺクさんは民主主義の重要性を信じながらも、韓国がこの期間に実施された政策により現在の奇跡を実現したと言う。「戦争で我が国は廃墟と化してしまいました。地下資源もなく、四方を敵に囲まれた状態でした。しかし、今や世界で10位に入る経済力を作り上げたのです」。

「トルコは早く民主化した為に的を外してしまったのですか?」という私のエスプリに笑い、「トルコの将来にはとても希望を持っています。私たちよりずっと良い状態ですよ。国土は広く、人口も多い。地下資源も豊富ですね。戦略的に重要な位置にいるし、政策が良ければ、発展できない理由などありません」と言うのである。
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ここで、ジャン・デュンダル氏は、トルコが韓国に先立って民主化したことを強調しているけれど、10年前にこの記事を読みながら、私は、『良く言うよ、現状を見たら、韓国の方が遥かに民主的じゃないか』とつぶやいていた。

当時、エルドアン首相のAKP政権は、民主的な選挙により、過半数議席を有していたにも拘わらず、背後で軍部が睨みを効かせていたため、政権を掌握しているとは言えないような状態だった。翌2007年の4月、軍部はあからさまに、「反動的である」としてAKP政権を威嚇している。

また、ジャン・デュンダル氏は、「(韓国の軍部は)トルコの例で見られるように直ぐ退くことはなく、18年間、軍の制圧下で発展を遂げた」と述べているが、韓国の軍部も、1961年のクーデター後、一応民政移管は行っていた。

もちろん、韓国では、朴正熙将軍が軍服を脱いで大統領になり、直接、18年間にわたって、統治を続けている。その間、行われた選挙も、決して民主的なものとは言えなかった。

とはいえ、トルコの軍部も、1960年のクーデター以降、度々政治に介入した挙句、韓国と同様、1980年に再び軍事クーデターを敢行して、政権を掌握したのである。

そのため、私には、韓国とトルコの民主化にそれほどの違いがあるとは、とても思えなかった。『却って、韓国のように、軍人が直接統治を続けていれば良かったじゃないか』などと考えたりもした。

しかし、昨年だったか、あるジャーナリストは、トルコの民主主義が、度重なる軍事介入によって挫折を繰り返しながらも、民主的な選挙だけは放棄しなかった点を評価すべきだと論じていた。こうして、トルコの国民は、長い時間をかけて民主主義を学んできたと言うのである。

ギュレン教団の陰謀には驚いたが、確かに、あの陰謀を打ち砕いた国民の、民主主義に対する意識は見事だった。軍部も政権も、紆余曲折を経て、少しずつ民主化を進めようと努力してきたのでないかと思う。

このトルコに比べて、韓国はいったいどうなってしまったのだろう? 国民はともかく、政権側に民主主義なんて意識は、あまり根付いていなかったようだ。やはり、民主的な選挙を放棄しなかったトルコの選択は正しかった。『軍人が直接統治を続けていれば・・』なんて考えていた私は、また一から民主主義を学び直さなければならない。