メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

ブルーモスク前の群衆/大平首相の思い出

天気予報によれば、イスタンブールは、月曜日から雪が降り、その後も暫く悪天候が続くらしい。
それで昨日は、その前に買い物等々を全て済ませて置こうと、またシルケジからイエニカブ、メジディエキョイと方々を回って来た。
そして、昨日も意図的にスルタンアフメット広場の辺りを歩いて見た。エルドアン大統領が、金曜礼拝にスルタンアフメット・ジャーミー(ブルーモスク)を訪れると報道されていたので、果たして警備はどんなものかと気になったのである。
金曜礼拝が始まる直前に広場まで行くと、やはり辺りには厳重な警備態勢が取られているものの、一般の人々も簡単なボディーチェックを受けるだけで、モスクの中へ入れるようだ。
私も直ぐその行列について順番を待った。しかし、私の前に並んでいた老人は何も訊かれなかったのに、私の番になったら、「礼拝するんですよね?」と警備の警察官が私に訊く、「いや、私はイスラム教徒じゃないんですが・・」と正直に答えたところ、「残念ですが、今日は礼拝する人だけ受け入れています」と丁重に断られてしまった。
実のところ、“今日”に限らず、ブルーモスクは礼拝の時間帯、一般観光客の入場を制限しているけれど、いつもは警察官や係員が入り口でチェックしているわけじゃないから、黙って入って、信者のふりをしていれば何も言われないかもしれない。
そもそも、観光客など訪れないモスクなら、金曜礼拝を静かに後ろの方で見学しても許される場合が多いのではないかと思う。私は友人たちから金曜礼拝のモスクに何度も誘われたことがある。ただ、正教会のミサと異なり、イスラムの礼拝は音楽などのエンターテイメント性もなく、非常に退屈そうなので断ってきただけである。
例えば昨日、「礼拝するんですよね?」と訊かれて、「はい」と答えていたらどうなっていただろう? そのまま通してくれただろうか?
イスラム教は、「アッラーの他に神はなし・・・」で始まる信仰告白を行えば、誰でも簡単に信者になれるそうだ。信者の証明書のようなものもない。問われるのは良心の問題だけである。
でも、私の場合、「アッラーの他に神はなし・・・」も未だに諳んじることが出来ないから、「本当に礼拝するんですか?」と訊かれて、少し探りを入れられたら、たちまち嘘がばれてしまったような気もする。
さて、モスクの中には入れなかったが、報道関係者が陣取っている所にいれば、大統領一行を間近に見られるかもしれないと、そのまま暫くそこで待つことにした。
結果は、30mほど先を歩く一行の姿が見えただけで、撮った写真は、3倍ぐらいに引き伸ばして、やっとエルドアン大統領の顔が判別できる程度だった。
しかし、大統領を一目見ようと集まった人たちの熱気には、なかなか興味深いものが感じられ、暫く待った甲斐もあった。一行が姿を現す遥か前に、後ろの様子を写真に撮ろうと、デジカメを持った手を上げたら、「手を上げないでくれ、前が見えなくなるじゃないか!」と悲鳴に近い声で抗議されたりした。
警察官が立ち並び、大統領を乗せた車が通ると思われる道沿いも、アヤソフィアの前付近まで凄い人だかりになっていた。
「ターイプさんはここを歩いて通るんですか?」と警察官に訊く人もいる。「いや、車で通過するだけですから、顔も見られません」と言われても、その人は立ち退こうとしなかった。多分、車が通るまでずっと待っていたのだろう。
まず、日本では、政治家がいくら真面目に仕事しても、ここまで歓呼を受けたりすることはないように思える。
1978~80年頃、私は高校3年生か、あるいは卒業後だったかもしれない。東京駅に行くと、中央の通路がバリケードで仕切られ、警察官が立ち並んで警備に当たり、何事かと足を止めた人たちがバリケードの前に群がっていた。
私も好奇心に誘われて近づき、「誰か来るんですか?」と訊いたら、「よく知らないけど、外タレか何かじゃないの?」と言うので、そこで待つことにした。
暫くして、ちょっと先で、「なんでえ、大平かよ」と忌々しく叫ぶ声が聞こえ、失笑を漏らして群衆は散り散りになり、疎らな人影だけが残った中を、当時の大平首相が恥ずかしそうな笑みと共に、一応手を振りながら歩いて来るのが見えた。
私は何だか可哀そうな気がして、大平さんが目の前を通って過ぎ去るまで、そこに立ち尽くしていた。あれから、おそらく1~2年も経たない内に、大平さんは在職中に急死されてしまったのである。
あれだけ真摯な信念に満ちた政治家はなかなかいないと思うのに、生前、大平さんは「あーうー」とか「鈍牛」とか無茶苦茶なことを言われ続けていた。
エルドアン大統領は凄まじい誹謗中傷にもさらされているけれど、歓呼で迎えてくれる群衆もいる。『大平さんの労は余り報われなかったなあ』としみじみ35年以上前の出来事を思い出してしまった。

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