メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

アッラーが私を守ってくれた

現在、AKPの議員でもあるメフメット・メティネル氏は、2004年の2月、ラディカル紙のインタビューに答え、自分たちのようなイスラム主義者が、宗教を棄てた人間は殺されるべきだと信じていた過去を“告白”している。

この「かつて私たちはタリバンのようだった」というインタビュー記事は、なかなかセンセーショナルな内容で世間の注目を集めた。

しかし、その数日後、同じくラディカル紙のコラムでヌライ・メルト氏(女性)は、“告白”が真実を伝えていないとメティネル氏を批判した。メルト氏によれば、当時、明らかに“宗教を棄てた人間”と見做されていた彼女も、ごく当たり前にメティネル氏と会っていたそうである。

メルト氏は、当時を振り返りながら、「ひょっとしたら私を殺すかもしれない人物と話していて、ただそれに気づかなかっただけらしい。アッラーが私を守ってくれたのだろう」と茶化している。私はこれを読んで思わず吹き出してしまった。センセーショナルな元記事よりも、こちらのほうがよっぽど面白いと思った。

アッラーがメルト氏を守ってくれたというのは、94年より前の話だろう。94年頃なら、私もイスタンブールにいて、結構過激な説を主張するイスラム主義者とも会っていたけれど、確かに、「殺す!」なんていう危険な空気は全く感じていなかった。

どうやら、様々な主義主張を戦わせながら、言葉だけが過激になって行くらしい。身近な社会の現実に目を向ければ、それほど興奮する必要もなかったのに、私は数年前まで、イスラム主義やら政教分離主義の論争に振り回され、嘆いたり憤ったりしていた。

90年代、イスラム主義者たちは、政教分離をあからさまに非難して、あたかもイスラム法による統治を望んでいるかのようだった。政教分離主義者も、これを阻止する為には軍部のクーデターが許されるという強硬な態度を崩さなかった。

こうして、AKPが政権に就く過程で、支持者の宗教的な感情を巧みに利用したのは事実のように思えるが、一方、政教分離主義のCHPも、宗教の危険性を支持者らに訴えることで、やはり宗教を利用してきたはずだ。

政教分離主義者の中には、イスラムの教義そのものに危険な要素があると主張する人さえいる。ではどうしろと言うのか? 教義を今更変えることなど不可能である。「危険な宗教だから、ほどほどに信仰しなさい」なんて言えば反発を招くだけだ。実際、そうやって信心深い人たちの憎悪を駆り立てて来た。

イスラム主義者の過激な発言は、その憎悪を少し和らげただろう。AKPは、人々の気持ちを酌み取って政権に就いたのであり、「利用した」などと言ったら、ちょっと語弊があるかもしれない。