メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

市電の美人運転士

「アルサンジャック学生寮」も、あのトゥファンに限らずナンパな連中が多く、同じ部屋にいたファイクという予備校生などは、高校生の時分から既に複数の同級生と関係を結んだそうである。トゥファンの場合、イスラムについて口にするだけあって、このファイクよりはよっぽど真面目な方だった。
この寮で、ナンパに関して彼の右に出る者はいないと言われていたのがイエトゥキンという大学生。とにかく好い男だったので、私なぞは、「こいつをダシに使って、日本人のオネーチャンを引っ掛けられないものか」と一瞬考えてしまったこともあるほどだ。で、彼に冗談めかしてこの話をしたら、「僕はよくイスタンブールに出かけることがあって、日本人のツーリストを見ることがあるんですよ。でも悪いけど女性の美しさに関してはトルコの方が上だと思いますねえ」と言われてしまった。まあ、確かにそうかも知れない。
翌92年、イスタンブールへ移ることになって、寮の皆に別れを告げていたところ、イエトゥキンがこんな話をする。
「先週イスタンブールに行って、ふたり連れの女をナンパしたら、その内のひとりが日本に興味があるようなことを言うんだ。それで、君について話すと随分喜んでいたなあ、まあ一度会ってみなよ、結構好い女だったから」
「名前とか連絡先はあるの?」
「それが、名前も思い出せないんだけれど、なにしろ彼女はイスタンブールの交通局に勤めていて、路面電車の運転士をやってるそうなんだ。女の運転士なんてそうざらにいるわけがないから、直ぐに見つかると思うよ」
イスタンブールでの落ち着き先は、イスラムの団体が経営する学生寮だった。しかし、寮生が全て敬虔なムスリムというわけではない。寮費が安いからここにいるという不信心者もいたのである。数日後、早速彼らとビールを飲みに出かけると、下らない話で盛り上がり、この時、女運転士の件も話題になったりした。
翌日、その不信心な、アナトリア東部のマラシュから来ているメフメドアリという学生とイスタンブールはシルケジ駅の辺りをぶらぶらしていたところ、かたわらを路面電車が通過して行くのを見て、メフメドアリはいきなり「おい、見たか」と頓狂な声をあげる。それから、「今の運転士、女だったぞ」と言うが早いか、電車の方へ一目散、私も直ぐに後を追った。
当時はシルケジ駅の前が路面電車の終点だった、そこで止まった電車に難なく追いつくと、運転席で唖然としているなかなか美形の女性運転士に、息を切らしながらメフメドアリはいきさつを説明する。
「マコト、君の友達は何ていったけ。えっ、イエトゥキン? イエトゥキンだそうです。知りませんか?」
女性運転士もやっと事情が飲み込めたらしく、クックッと笑いながら、
「残念ながら、市の交通局には私の知っている限りでも5人の女性運転士がいるんですよ。ちょっと誰のことだか分かりませんねぇ」
これで諦めた私たちは、その女性運転士に非礼を詫びスゴスゴと引き下がった。後日、荷物を取りにイズミルへ行ったおり、イエトゥキンにこの話をすると、
「なにやってんだよ、残念だなあ、だってその運転士も一応話に乗ってきたんでしょ。そういう時は彼女を誘ってしまえば良いんですよ。イスタンブールの女はそんなに優しくないから、君らのことを全く気に入らなかったら返事もしなかったと思うね。そのマラシュの田舎者もしょうがない奴だなあ、せっかくチャンスだったのに」とあきれた顔で言われてしまった。

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