メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

「アレム・ダー(山)の野良犬たち」

《2014年9月18日付け記事の再録》

月曜日(2014年9月15日)は、我が家の近くのタシュデレンから、アレム・ダー(山)の山麓を歩き、ポロネーズ・キョイ(村)まで行ってみようと思って出発した。
果たして、その道がポロネーズ・キョイ(村)へ至るのかどうか、グーグルアースでそこまでは確認して来なかったが、ちょうど正午を少し過ぎたぐらいの時点で、太陽が後ろの方に来ていたから、北の方角に向かっているのは間違いないと思われた。
道は、未舗装の砂利道だったが、車が楽に通れる幅があり、真っ直ぐ北(?)に向かっていた。
この単調な道を40分近く歩いただろうか、その間、車が通ることもなければ、人に会うこともなかった。早足で歩きながら、前方を注意していると、50m~100mぐらい向こうに黒褐色の犬が1匹姿を現した。

その先で道が右の方へ大きく曲がっているため、遠くまで見通せなかったが、犬はどうやら道の向こうからやって来たらしい。
中型犬ほどの大きさで、ほんの少しの間、こちらを見ていたが、直ぐに踵を返すと、道なりに右の方へ走り去り、姿が見えなくなった。
それから、また4~5分歩いたところ、今度は褐色のポインターが姿を現し、真っ直ぐこちらに向かって走ってくる。前方を注意したら、さきほどの黒褐色をはじめ、もう3匹、ゆっくりこちらへ近づいてくるのが見える。
ポインターは黒褐色より少し小さい。私の横まで来ると、ぐるっと回って、仲間の方へ引き返して行ったけれど、それと同時に3匹の歩調は早まり、私はあっという間に4匹の犬に取り囲まれてしまった。
犬たちはそれぞれ私の足元まで寄って来て、匂いを嗅いだりする。敵意はなさそうだが、頭を撫でたりするのは、ちょっと躊躇われた。

それに山の中で暮らしている所為か、街中の野良よりもっと汚らしい。4匹集まっているから獣臭も凄い。ぷーんと匂っている。

しかし、一応、保健所の処置は受けているようだ。4匹全てが耳に鑑札を付けていた。
追い払うにも、4匹いるとさすがにこちらも怖気づく。しょうがないから4匹を引き連れたまま歩くことにした。

犬たちは私の周りを回ったり、後ろに下がったり、前を走ったりしながら、離れようとしない。4匹で脇の林の中へ入って行ったかと思うと、また直ぐに戻って来る。
こんな状態で、10分ぐらい歩いたら、道の分岐点に出た。砂利道は左の方へ下って行く。直進すれば、道には砂利がなくなって地肌が現れ、道幅も急に狭くなっている。

ポロネーズ・キョイ自然公園」という標識が出ていて、方角的にはこの細い道がポロネーズ・キョイへ至る近道であるような気がする。
でも、犬たちと一緒に山の奥へ入って行くのは何だか薄気味悪い。こちらへ行ったら、車や人と遭遇するチャンスはまずないだろう。こうして思案しながら、気持ちが砂利道を下りて行く方に大分傾いたところ、ちょうどそこへ、下から乗用車が上がって来た。
30歳ぐらいの青年が運転していて、私が立っている分岐点まで来ると、窓を開け、「この道はタシュデレンまで行くんですか? あとどのくらいありますか?」と私に訊く。時計を見たら、1時20分だった。

それで、「私はタシュデレンから歩いて来たんですが、だいたい2時間掛かっていますね。車だったら直ぐですよ」と答え、私も彼に道を訊いた。「ポロネーズ・キョイはどっちへ行ったら良いんでしょう?」
青年はちょっと逡巡してから、「私が来た道を行けば、ポロネーズ・キョイまで確実に行けますが、そっちの道はどうでしょうかねえ? 標識はともかく、止めた方が良いと思います」と丁寧に答えてくれた。
これで決まった。青年に別れを告げると、また4匹を連れて、砂利道を下って行った。
10分ぐらい歩いて、ちょうど4匹が私を先導するような形で前を走っている時に、デジカメを取り出して写真を撮ったりした。なんとなく、『犬たちとの道中も悪くないな』と思い始めたところだった。
大きな吼え声がしたかと思ったら、前方に大きな犬が姿を現したのである。距離は100m~200mぐらいあったかもしれない。
2匹大きなのが立ちはだかって激しく吼えているが、その後ろにも数匹いるのが見える。全部で6匹ぐらいはいそうだ。吼え声の数からすると、もっと多いかもしれない。
4匹は立ち止まって、ちょっと後ずさりした。リーダー格と思われる黒褐色が、私の方を振り返ったけれど、その目つきは『おい、あんたも人間の端くれだろ? あの犬たちを何とか出来ないのか?』と言っているように見えた。
しかし、その時点で、既に私も犬たちと一緒に立ち止まり、後ずさりしていた。少し遠くて良く見えなかったが、大きな奴の1匹は、カンガルというトルコ特産の牧用犬に似ていた。

あんな恐ろしげなのが相手じゃ、ひとたまりもない。そのまま後ずさりを続けたら、黒褐色は2度ほど力なく吼え、大きな奴が吼えながら、こちらへ向かって来るそぶりを見せると、スタスタと退散し始めた。私も残りの3匹と一緒にその後に続いた。
その頃には、数十匹いるんじゃないかと思わせる吼え声の大合唱になっていたものの、それ以上追撃して来そうな雰囲気はない。
4匹が何処までついて来るかは解らないが、私はもうタシュデレンまで引き返そうと思い始めていた。ただ、4匹とは、すっかり仲良くなったように思えたから、「ポロネーズ・キョイ自然公園」を犬と一緒に歩いてみようかという気持ちも未だ捨てていなかった。
分岐点まで半分ぐらい戻ったら、そこへ先ほどの乗用車が折り返してきた。青年は車を止めて窓を開け、「どうしました?」と訊く。それで私も有体に説明した。
青年は笑いながら、「いやあ、その犬たちは、多分、その付近の住人たちが飼っている犬でしょう。もう直ぐ先から道も舗装道路になり、集落もあります。こんな山の中より絶対に安全です。まあ、乗りなさい。私がもっと安全な所まで送ってあげましょう」と言い、助手席のドアを開けてくれた。
私が車に乗り込もうとすると、ポインターが名残惜しそうにすり寄ってきた。ドアを閉めようとしたら、離れてくれたけれど、私も何だか名残惜しいような気分だった。
車で犬たちが吼えていた地点まで来ると、なるほどそこから道が舗装道路になり、周囲には家々が見える。でも、先ほどの犬たちは姿を消していた。沿道を物憂げに歩く中型の犬が2匹見えたけれど、吼えもしなければ、こちらを見ることもなかった。
青年はそこからさらに2キロほど先の分岐点まで送ってくれるという。「そこまで行けば、後は簡単です。2回右へ曲がるだけですから。ポロネーズ・キョイまで8~10キロぐらいじゃないかと思います」。
分岐点まで来て、先を見たら、100mぐらいの所に、また大きな犬が立ちはだかっている。その前の家の番犬らしい。
「さっきもね、あんなのが吼えていたんですよ」と言ったら、青年は「ハハハ」と笑い、犬を通り過ぎて、もう100mぐらい行った所まで送ってくれた。
犬は車で横を通っても吼えなかったが、青年が私を降ろして戻って行くと、その時は吠え立てていた。
犬が前に立っていた家は普通の民家だったが、車を降りて青年に別れを告げ、暫く歩くと、左手に何軒か周囲を塀や柵で囲った豪邸があった。何処の豪邸も、庭で番犬を飼っているのか、前を通り過ぎると、凄まじい勢いで吼え立てる。
おそらく、吼え声の大合唱になっていた時は、そういう庭で飼われている犬たちも吼えていたのだろう。

外に出られたのは、姿を見せていた5~6匹だけだったかもしれない。連中は、怪しげな野良犬が近づいて来たから、『こいつらを村に入れてなるものか』と必死に吼えていたのだと思う。
あの時、さらに近づいていたら、私も野良犬の仲間と看做されて襲われていただろうか? 車で送ってもらって本当に良かった。 

f:id:makoton1960:20210314160053j:plain

f:id:makoton1960:20210314160119j:plain