メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

天才の自尊心?

《2014年10月31日付け記事の再録(2)》

私はこの「カシアス・クレイ (1972年) 」を、中学生の頃に読んだのではないかと思う。不世出の天才ボクサー“モハメド・アリ”の半生が綴られている。

著者のトレス氏もライト・ヘビー級の名チャンピオンとして活躍したボクサーであり、ボクシングが一流ボクサーの目を通して描かれた初めての作品と言われ、最終章におけるアリvsフレージャー第一戦の描写は圧巻だった。 
前半の部分には、アリの生い立ちからチャンピオンになるまでの様々なエピソードが描かれており、それを読むと、傍若無人とも思える奔放な天才の姿に少々驚かされてしまう。 
例えば、ローマ・オリンピックにボクシングの代表選手として参加した18歳のクレイ少年が、激励に駆けつけた当時の世界ヘビー級チャンピオン“フロイド・パターソン”の姿をリングサイドに見出すや、拳を振り上げて「フロイド・パターソン、いつの日か俺はあんたを打ちのめしてやる」と喚き散らしたとか・・・・
オリンピックで金メダルを獲得した後、高額の契約金によって迎え入れてくれたジムで、初めての練習日にジムの掃除を命じられると「ママでもそんなことを俺にさせはしない」とムクれてジムを去ってしまったとか・・・・
最後までパートナーを組むことになるアンジェロ・ダンディー氏のジムで練習を始めた頃、世話係の付き人を要求したあげく、付き人になった少年のことを「臭い」と言いながら、ダンディー氏に「あんな臭い奴を付けて俺の才能を台無しにしようとしているんだろう」と捩じ込んだとか・・・・・
凄まじいエピソードが次から次へと出て来て、アリの大ファンである私もさすがにたじたじとなってしまった。 
また、アリについて語ったアンジェロ・ダンディー氏の談話もいくつか紹介されていて、以下の話が印象に残っている。 (例によって、うろ覚えだが・・・)
「アリのスパーリングで、インターバルの時にこう言ってやるんだ。『このラウンドの右アッパーは素晴らしかったよ』って。実際のところ、アリは右アッパーなんて出していない。しかし、こう言ってやれば、次のラウンドで本当に素晴らしい右アッパーを見せてくれるんだ。この時、アリに『なんで右アッパーを出さないんだ?』なんて言ってはいけない。これでは天才の自尊心を傷つけてしまう」 
考えてみると、アメリカの社会は凄いもんだと思う。これほどまでに傍若無人な天才少年を世界チャンピオンに育てあげ、その後、兵役拒否の為、3年に亘って試合を禁じたことがあったとはいえ、絶えず社会に対して反抗的な態度を取り続けたこの天才ボクサーに活躍の場を与え、その才能を称えて拍手を送ったのだから・・・・
アメリカに天才的な科学者が多く現れる要因も、これと無縁ではないような気がする。 
クレイ少年が日本に生まれていたら、才能が開花する前、14~15才の少年時代に社会の中でひねりつぶされてしまったのではないだろうか。

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