メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

異文化との交流

今年も旧居で新年を祝ってきましたが、ギリシャ正教徒である家主さんの家族は、当主だったマリアさんが昨年の4月に亡くなってから、娘のスザンナさんと孫のディミトリー君で細々とやっています。 

ディミトリー君は、昨年の今頃、イスタンブールギリシャ系高校を卒業したらギリシャの大学に進学するようなことを言ってましたが、今はイスタンブール市内の会社で働いているようです。他にこの母子家庭の収入は、エステティシャンの資格を持っている母スザンナさんが数少ない顧客から時おり依頼を受けて得るものと、階下の部屋を貸して生じる家賃以外に何もありません。
現在、階下の各部屋を借りているのはタクシム付近で中華料理店を経営するトルコ人で、ここに6~7名の中国人を住まわせています。先週、スザンナさんから連絡があった際、「昨日、階下の中国人たちが深夜まで騒いで煩かった」とこぼしていたので、「彼らの旧正月じゃないですか?」と言ったら、「私たちは中国の旧正月について良く知っているけれど、それは2月の初めのはずよ」と反論されてしまいました。
私が入居する以前にも、ここには中国人の夫婦が4年ほど住んでいたそうで、このスーさん夫婦については、生前のマリアさんからもさんざん話を聞かされたものです。彼らは、やはりタクシムの辺りで中華料理店を経営し、もう一つの部屋に調理人の同胞夫婦を住まわせて、ここに4人で暮らしていたようです。
スーさん夫婦の思い出を語る時、マリアさんは「紳士的で教養のある人たちだった」といつも称賛の言葉を惜しみませんでした。今でもスザンナさんは、尊敬を込めてスー・ベイと呼んでいますが、スー・ベイから中国の旧正月についても色々聞いていたのでしょう。
スザンナさん、現在入居している中国の人たちについては、「一人の女性がやっと少しトルコ語話せる程度で会話のしようもないし、がさつでスー・ベイとは比べ物にならないのよ」と嘆いているけれど、スーさんは北京大学の出身だったというから、彼らもそんな人と比べられたら困るかもしれません。私も一度だけ彼らと会いましたが、愛想の良い田舎丸出しの中国人でした。
ところで、スーさん夫婦は、回族と呼ばれる中国人のイスラム教徒だったようです。かつて、マリアさん家族の友人であるアルメニア人のガービさんを、私がガービ・ベイと呼んでいたところ、マリアさんから「ガービはムスリムじゃないから“ベイ”という尊称を使うのはおかしい」と注意された為、「貴方たちも中国の人をスー・ベイと呼んでいるじゃありませんか」と言い返したら、「お前、スー・ベイがムスリムだったことを知らなかったのかい? それはもう紳士的なれっきとしたムスリムだったよ」と何だか誇らしげに言われたので、少し意外に感じました。

 マリアさんは、生前、ムスリムの悪口を言い続けていたけれど、『やはり、全く異なる文化圏の異教徒より、気心の知れた同じ啓典の民であるムスリムの方が安心できるのかなあ?』と思ってしまったのです。
これよりも大分前のこと、イスタンブールで教養のあるアルメニア人の御婦人にお目に掛かったら、この方が次のような話を聞かせてくれました。なんでも、この方の友人である上流のムスリムトルコ人の娘さんがイスタンブールで知り合った日本人男性と結婚して日本へ渡ったところ、この日本人男性の家は特殊な仏教教団に属しており、娘さんは男性の家族から改宗を迫られたうえに監禁されてしまったものの、隙を見て着の身着のままトルコ大使館に逃げ込んで事なきを得たというのです。
私が日本で知り合ったイラン人の男性と結婚していた日本人女性は、ご両親がやはり熱心なある仏教教団の信者だったけれど、彼女は後にイスラムへ改宗したから、この話をそのアルメニア人の御婦人に伝えたところ、「良くやったね、そのイラン人の夫は。褒めてやりたいよ」と喜び、それから「まったくムスリムの娘を仏教に改宗させようなんて、何を考えているんだろうねえ」と嘆息していました。
多少の不満はあっても、イスラムならどういうものであるか良く解っているけれど、仏教などというものは得体が知れないから、一層不気味に思ってしまうのでしょうか?