メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

日本の「クルド問題」/何処のクルド人なのか?

埼玉県の川口市などで、在留クルド人の問題が取り沙汰されて以来、ネットでもクルドの人たちについて様々な話が伝えられるようになった。

殆ど誹謗中傷としか思えない記事も目に付くけれど、彼らが経営しているレストランの料理を紹介する和やかな話題も見られる。興味を持たれた方たちが、本場で味わってみようと現地を訪れてくれたら尚嬉しい。

しかし、私もこのブログで不用意に「クルド人」と記して来たが、クルド語を話す人たちは、トルコやイラン、シリア、北イラククルド自治区等々に広く居住しており、「クルド人」と記しただけでは何処の人たちなのか判然としないだろう。

2014年に亡くなったクルド人の友人は、イスタンブールで土産物店を営みながら、訪れる外国人観光客に対して自己紹介する際、必ず「エスニシティーはクルド人ナショナリティーはトルコ人」と伝えていた。

「トルコ国内であれば構わないが、国外で『クルド人』と言ったら、何処の誰だか解らなくなってしまう」と主張していたのである。

そのため、彼は国外に出れば、まずは「トルコ人」と答え、エスニシティーを問われたら、クルド人であることを明らかにしたそうだ。

彼の場合、母語は紛れもなくクルド語(クルマンチ語)だったから、エスニシティーが「クルド人」であるのは当然と言えたかもしれない。

ところが、トルコには、クルド語を母語としていない「クルド人」も多数存在している。クルド民族主義政党HDPの中には、フィゲン・ユクセクダー氏のように「政治的なクルド人」とでも言えそうな人物もいる。

一方で、母語クルド語であるにも拘わらず、トルコ民族主義的な主張を躊躇わない「トルコ人」も少なくない。

かつてクルド問題の解決に尽力したオザル大統領は、雑誌のインタビューに答えて、「国名をオスマン共和国としておけば何の問題も生じなかった。我々は皆オスマン人である」という驚くべき発言を残していたが、確かに「トルコ共和国トルコ人」とは、トルコ語クルド語、チェルケス語等々を母語とした「オスマン帝国イスラム教徒」に他ならないと思う。

トルコでクルド問題がもっと激しい議論になっていた20数年前、私が働いていたクズルック村の工場で、クルド語を話す大卒のエンジニアは「『トルコ人と言える者は何と幸せなことか』というスローガンを『ムスリムと言える者は・・・』にしておいたら問題にならなかった」などと話していた。

私が「それではクリスチャンやユダヤ人の国民が困るだろう」と反論したら、エンジニアは「だからといって、彼らがテロを企てる心配はない」と応じていたけれど、今だったら何と答えるだろうか?

最近は、「トルコ人」が、「様々なルーツや母語、文化的な背景を持つトルコ国民の総称」として了解を得られつつあるように感じられる。そのため、かつてほど激しい議論にはならなくなって来たようだ。

日本の「クルド問題」も、こういった背景やトルコ共和国における進展を考慮しながら、少なくとも何処のどういう「クルド人」なのか明らかにして論じる必要があるのではないかと思う。

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