メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

アメリカ大統領の選挙を中東で行ったらどうだろうか?

11月26日付けカラル紙のコラムで、イブラヒム・キラス氏は、西欧のポピュラーな歴史雑誌が、「もしも、こうなっていたら?」という仮定をテーマとして良く取り上げるのに対し、トルコでは、何故、それが余り試みられていないのか説明していた。

キラス氏によると、そういった「たら・れば」の仮説を組み立てるためには、原因と結果に基づく論考が必要になる。トルコの人たちは、どうもこれが苦手らしい。

キラス氏は、保守派の論客として知られているにも拘わらず、トルコの保守的な人々の間で良く話されている以下の例をあげて、その浅薄な考え方を批判している。

トルコの過去の栄光は、御先祖が信心深く、正直で勇気があったお陰であり、災難に見舞われたのは、ユダヤ人の陰謀、あるいはフリーメーソンや改宗者の所為である・・・。

一方で、進歩主義の識者も、アタテュルクがガリポリ戦争で死んでいたらと仮定して、トルコは政教分離と民主主義を達成できなかっただろうと結論付けていたそうだ。

キラス氏は、こちらに対しても、社会の移り変わり、文化、政治、経済のダイナミズムを見ていないと批判的に語っている。

さて、キラス氏が、この歴史の「たら・れば」に言及したのは、「オール・アバウト・ヒストリー」という英国の歴史雑誌が、最近、そういった「たら・れば」の仮説を特集していて、キラス氏もこれに目を通していたからである。

「ワット・イフ?」と名付けられた特集には、「ナポレオンがワーテルローで勝っていたら?」とか「アメリ南北戦争で南軍が勝利していたら?」等々の仮説ストーリーが掲載されていたらしい。

その中で、キラス氏が真っ先に読んでみたのは、「第一次世界大戦にドイツが勝っていたら?」という、トルコにも重大な影響を与えた史実に纏わる仮説ストーリーだったそうである。これは、トルコの知識人として、当然の選択と言えるかもしれない。

ところが、その仮説では、「当時のドイツが西欧を支配したとしても、ユダヤ人虐殺は起こらなかった」であるとか、「英国の占領までは考えなかっただろう」といった論考が述べられていたものの、トルコや中東がどうなっていたかについては、何一つ記されていなかったという。

キラス氏は、「英国を除く欧米にとって、大戦における興味は、この方面になかった」と至って冷静に分析していたけれど、やはり残念に思っていたのではないかと思う。

そういえば、先日のアメリカの大統領選挙について論じる番組で、ある識者は、選挙の投票率が、トルコのように高くないのは、余り大きな権限もない大統領が市民生活に及ぼす影響はそれほどでもないからであり、彼らにとっては、州知事選挙の方が却って重要だろうと解説しながら、以下のように提案していた。

「しかし、アメリカの大統領が誰になるかは、中東に多大な影響を及ぼす。それなら投票箱は中東に置くべきじゃないのか?」