メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

工事現場の議論

現場の休憩時間に、2人の作業員が何やら議論していたので、側に寄って聞いてみたら、なんとローザンヌ条約の是非を論じ合っていた。

この2人は、南東部マルディン出身のイスマイルと黒海地方シノップ出身のウール。

イスマイルは高卒の29歳、かなり信心深くて、おそらく支持政党はAKPだろう。

一方のウールは、少し年下じゃないかと思うが、なかなか物知りで、日本から来た技術者とも拙い英語で会話を試みようとする。高卒かあるいは何か専門学校ぐらいは出ているのかもしれない。酒は飲むようだから、あまり信心深い方ではなさそうだ。

支持政党は良く解らないが、少なくともAKP支持ではないように思えた。

ウールは、ローザンヌ条約を肯定的に評価していて、領土の割譲なども当時の状況を考えれば致し方なく、被害を最小限に食い止めたのではないかと静かに理路整然と説明していた。

イスマイルはやや興奮気味に、シリア北部のアレッポや北イラクのモースルを失ったことが、今も続く紛争の要因になったとして、遠回しに当時の指導者(つまりアタテュルク)へも批判の矛先を向けていたけれど、普段のひょうきんな様子からは想像できない博学さだった。

しかし、考えてみたら、イスマイルは、トルコ語アラビア語クルド語のトライリンガルという類まれなる技能の持ち主なのである。

もっとも、マルディンやウルファなどへ行けば、この手のトライリンガルはそこらじゅうにいて、珍しいわけでもないらしい。また、残念なことに、現在のトルコで、こういった技能が評価される機会は殆どないと思う。

93年か94年、ウルファの近郊を案内してくれた地元の青年に、「あなたはクルド人ですか?」と尋ねたところ、「私は、トルコ語クルド語・アラビア語を全て同じレベルで話すことができるムスリムです」と返答されたことがあった。

イスマイルは自身をアラブ人と認めていたが、民族的な主張には興味もなく、やはりムスリムであることが最も重要なアイデンティティーになっているようだった。

マルディンは、シリアとの国境に面している。イスマイルには、シリア人になった親族もいるのではないだろうか。仮にそうであれば、ローザンヌ条約は、その親族らとの間を断ち切ってしまったのだから、なかなか肯定的に評価することはできないのかもしれない。

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