メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

工事現場で出会ったクルドの人たち

犠牲祭になって中断しているけれど、14日から市内の工事現場に通訳で入っていた。犠牲祭の休暇がなければ、日本の技術者による部分的な施工は、とうに完了していて、私の業務も終わっていただろう。
短い期間だが、久しぶりに現場で働けるのは嬉しい。こういった工事現場には、それこそトルコの隅々から作業者の人たちが集まって来ていて、彼らの話を聞くことができる。南東部出身のクルド系やアラブ系も多い。
彼らの中には、もちろんクルド語等で会話する者もいる。現場の他の作業場所へ向かうミニバスに、途中まで乗せてもらったら、周囲に座っていた若者たちが、クルド語で話していた。訊くと、そのミニバスに乗っているのは、皆、南東部のガジアンテプから来た同じグループの作業員たちらしい。
隣の席にいた青年が、グループのリーダー格ではなかったかと思うが、彼は長々と携帯で話しながら、休暇の帰省のバス便を手配させているようだった。というのも、その会話の中で聴き取れたのは、どういうわけかそこだけトルコ語で繰り返された「それらのチケットを切っておいてくれ」という部分ぐらいだからだ。後は殆どクルド語の会話になっていた。
後ろの席の若者たちもクルド語で会話していたけれど、彼らはその後ろにいる中年男とは、トルコ語で話していたから、全員がクルド語の話者というわけではなかったかもしれない。
ガジアンテプは、クルド系アラブ系の多い地域だが、産業化が進み、もう随分前からテロや騒乱とは無縁になっている。クルド系政党HDPが大躍進した6月の選挙でも、与党AKPが46%で第1党になり、HDPは15%の得票に留まっていた。
いずれにせよ、クルドの人たちが、憚ることなくクルド語で会話できる雰囲気には、なんの変化も起こっていないようである。AKP政権は、“クルド和平プロセス”を進めながら、クルド語の教育等様々な改革を実施してきたけれど、これがまた後戻りしてしまうことはないだろう。
PKKのテロが再発し、“クルド和平プロセス”は中断されてしまったが、これには今年の3月のネヴルーズ祭で発表されたオジャラン氏の声明に、エルドアン大統領が「了解できない」と反発した影響も大きいと指摘されている。
つまり、“クルド和平プロセス”は、始めたのも中断させたのもエルドアン大統領に他ならないというのである。
その為、和平プロセスの再開もエルドアン大統領の腹次第ということになるそうだ。しかし、今のところ、エルドアン大統領からクルド側に思い切って手を差し伸べるような声明が出る気配はない。
テロの激化で、11月1日の再選挙では、和平路線を鮮明に打ち出そうとしないHDPが得票率を大きく落とすのではないかという声が高まっていたものの、結局、エルドアン大統領とAKP側も、和平プロセスの再開に向けて目立った動きは見せていない所為なのか、各世論調査の結果によれば、HDPは2~3%後退しただけらしい。
そもそも、現在のAKPを中心とする選挙準備暫定政権には、和平プロセスの再開どころか、とにかくPKKの掃討に躍起となっている印象がある。
ところで、11日、現場へ入る前の週末に、カドゥキョイで、CHPを支持する左派アタテュルク主義者の旧友アリさんと一杯やったが、ここで彼は意外なことを言った。
「思想的に真逆のエルドアンとバイカル(前CHP党首)が、激しく争いながらも、親密な関係を築いていたのは、あの二人が『ミッリ(国の)』=愛国(?)概念だけは共有して来たからだろう」
*ミッリ(milli)=“国の”“国民の”といった意味の形容詞。-ミッリ・マルシュ(国歌)
アリさんは、かつて国営アナトリア通信のチーフカメラマンだった。当時のアナトリア通信は、左派アタテュルク主義者の牙城であり、まさしく、ミッリ(国の)通信社と言うことができた(国営通信社だから、今はAKP寄りだが・・)。
このため、アリさんの発言には、ある程度、左派アタテュルク主義者(その中でもミッリ的な人たち。ナショナリスト・旧体制派?)の流れも反映されているような気がする。
一部の識者は、11月の再選挙の結果の如何にかかわらず、仮にAKPが単独政権に復帰したとしても、AKPとCHPの間には、いくらか協力関係が生じて行くだろうと期待しているけれど、これは結構あり得る話なのかもしれない。
そうなると、また90年代のように、トルコ民族主義が勢いを盛り返し、和平プロセスは再開どころか反故にされてしまうのではないかと危ぶむ声も聞かれるが、その心配はなさそうだ。
今更、クルド語の教育を禁じるとか、再び宗教を抑圧するといった政策は無理に違いない。CHPにも変化は見られる。改革は、もう後戻りのできないところまで来ているのではないかと思う。