メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコとアメリカの深層国家/トルコ軍による「平和の泉作戦」

深層国家(deep state)という表現は、米国でも使われているそうだけれど、これはトルコ語の「derin devlet(深層国家)」に由来しているらしい。

 この「derin devlet(深層国家)」が、トルコでいつ頃から使われるようになったのか良く解らないが、2000年以降、頻繁に使われ始めたのではないかと思う。

 2002年にAKP政権が成立すると、これに対して「深層国家は何をするのか?」といった議論が良く聞かれるようになった。深層国家は即ち「軍」や「司法」を中心とする体制のことであり、政教分離主義を始めとする「国是」を守るため、「AKPとエルドアンに勝手なことはさせない」などと論じられたりした。

 しかし、最近はこの深層国家云々もあまり聞かれなくなった。AKPは既に「深層国家」に合流したと見られているからだろう。

 現在、大統領府の閣僚にAKP創設以来のメンバーは、エルドアン大統領とチャヴシュオール外相だけしか残っていないという。(アルバイラク財務相エルドアン大統領の婿だが創設メンバーではないそうだ)

 多様化した閣僚の中には、軍の元参謀長官で深層国家を代表しているかのように思われていたアカル国防相もいる。

 昨日(10月9日)のサバー紙で、メフメット・バルラス氏は、今や自国の深層国家と対立しているのは米国のトランプ大統領ではないかと主張している。シリア政策でエルドアン大統領と合意したのは、深層国家に対する挑戦だと言うのである。

 そのため、今後、トランプ大統領はありとあらゆる攻撃にさらされる危険性がある。「トルコの経済を破滅させる・・」といった発言もそれに対抗するためだから、無用な反発は控えるようにとバルラス氏は呼びかけていた。

 また、バルラス氏は、トランプ大統領が「ギュレン教団の陰謀」を良く理解すれば、対抗も容易になると論じていた。ギュレン教団は深層国家や民主党などその周辺に働きかけてきたからだという。

 エルドアン大統領は、11月13日に訪米する予定だが、「ギュレン教団の陰謀」も議題に上るのだろうか? しかし、バルラス氏の記事を読んでいると、それまでトランプ大統領が無事でいるのか心配になってしまう。

 昨日、トルコはトランプ大統領の合意を得て、所謂「平和の泉作戦」を開始した。もちろん、トルコにシリアを侵略する意志はない、目標はPKK/YPG・PYDというテロ組織にあるはずだ。

 これはクルド人への攻撃であるかのように報道されているけれど、PKKの最も重要な幹部であるムラット・カラユラン氏、ドゥラン・カルカン氏、ジェミル・バユック氏らの母語トルコ語であり、クルド語はあまり良く話せないという。ドゥラン・カルカン氏に至ってはアダナ県の出身で、エスニックとしてのクルド民族との関連性すら無いのではないかと疑われている。(訂正:疑われているのは『クルド人なのか?』ということなので、このように訂正しました。)

 ムラット・カラユラン氏、ジェミル・バユック氏の両氏も、それぞれウルファ県、エラズー県というそれほどクルド的とは言えない地域の出身である。先の地方選挙でも、ウルファとエラズーはAKPが第一党で、クルド系政党の得票率は3%にも満たない。

 これでは、PKKが何処までクルド的なのか解らなくなってしまうような気がする。

 PYDの議長サレフ・ムスリム氏もシリアの出身とはいえ、イスタンブール工科大学の卒業で流暢なトルコ語を話す。そもそも、クルド民族主義運動に加わったのはイスタンブール工科大学に在学中のことであるそうだ。

 この「平和の泉作戦」や米軍の撤退が中東を不安定にするという報道も理解し難い。近世から現代にかけて、中東が最も安定していたのはオスマン帝国の隆盛期であり、戦乱に明け暮れていた西欧をよそに平和を謳歌していた。それが、弱体化したオスマン帝国へ西欧が介入し始めてから崩れて行く。近年も、湾岸戦争イラク戦争~シリア内戦というように米国が介入する度に安定が乱されて来た。

 米軍の撤退に中東の安定を期待する方が常識的かもしれない。米国もこれ以上介入し続けたところで何の益が得られるというのだろうか? トランプ大統領の判断は決して間違いではないように思えるのだが・・・。