メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

どうぞ貴方が説明して下さい

いつだったか、敬虔なムスリムが多く集まるファティフ区のチャルシャンバという街へ出掛けた時のことです。茶を飲みに入ったカフェで、敬虔な3人のムスリムに囲まれ、望みもしないのにたくさんイスラム教の話を聞かされてしまいました。

一人は、鍔のない白い帽子を被り、ダブダブのズボンにサンダルというタリバン・スタイルで、モジャモジャと顎鬚を蓄えているものだから、なんとなく老けて見えるけれど、実際は30歳ぐらいだったかもしれません。紳士的な物腰で英語もかなり話せるようでした。多分、その辺りを本拠地にしている教団のメンバーだったのでしょう。

少し後れてカフェに入って来て、このタリバン風の青年から丁重に迎えられた40歳ぐらいの男性は、小ざっぱりとした身なりで髭をきれいに剃り、教養を感じさせる紳士的な雰囲気があって海外の事情に通じ、一度日本を訪れたこともあるそうです。こちらは、別のモダンな教団の関係者ではないかと推察しました。

もう一人は、本人が明らかにした40代前半という年齢が俄かには信じられないくらい年老いて見える朴訥としたおじさんで、おそらく最低限度の教育しか受けていないのではないかと思います。望みもしないイスラム教の話をたくさん聞かせてくれたのはこのおじさんでした。

イスラムについて御存知ですか? イスラムは素晴らしい宗教なんです」と語り出したこのおじさん、外国人の異教徒に至高の宗教イスラムを説明するのは初めての経験だったでしょう。喜び勇んで語り始めたものの、直ぐに不安そうな表情を浮かべ、隣に控えているお歴々の顔色を窺いながら、「私が説明しても良いんでしょうか?」と尋ねました。

お歴々はにっこりと微笑み、「ええ、どうぞ、どうぞ貴方が説明して下さい」と促していましたが、もともと初対面の日本人にくどくど宗教の話などするつもりはなく、喜々としているおじさんに満足してもらえればそれで良かったのかもしれません。

おじさんは、万物を創造された偉大な神について説明する際、「子供を作る為には精子が必要ですよね。この精子を作ったのは神です」と先ずは精子の話から始め、その後も、よっぽど精子が好きなのか、何度となくこの話を繰り返しました。

まあ、おじさんには何人かお子さんがいて、嬉しそうに家族の話もしていたから、未だかつて精子を有効に使った験しがない私のような馬鹿タレと違い、精子の有難味を良く御存知なんでしょうけれど、余りしつこく繰り返されると、何だか如何わしい話でも聞かされているんじゃないかと思ってしまいます。

おじさんも、自分の説明に不安を感じたらしく、途中で「このまま続けても良いでしょうか?」とお歴々の顔色を窺い、また「どうぞ、どうぞ」と促されていました。

お歴々は内心うんざりしていたかもしれませんが、最後までおじさんの話を遮ったりしなかったのです。私はそこに何ともいえない優しさを感じました。

日本と比べると、一般的に、トルコではどんな人たちも恐れず自分の意見を表明しているような気がします。世間の圧迫を感じないからでしょうか。

もちろん、厳しいビジネスの世界では見られないけれど、まだまだ民衆の生活には、少々ピントのずれた意見も聞いてくれる優しさが充満していて、“仲間”とみなされた場合、多少のミスは見逃してくれるようなところがあります。

クズルック村の工場で通訳をしていた頃、工場の仲間たちは『こいつに恥をかかしちゃ可哀想だ』とでも思うのか、私が『今の訳で通じたろうか?』と疑問に感じても、皆、解ったような顔して何も言わないのです。あれには困りました。

しかし、この優しさは、身内への甘さとも言えるから、これが競争社会の発展を妨げた要因の一つであるかもしれません。