メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

韓国語やトルコ語の言葉の成り立ち

上記のトルコの印刷工場で、韓国製の輪転機が施工される過程では、トルコ人の韓国語通訳も工場に来ていた。手配が遅れたうえ、韓国企業の社長さんが日本語を話せたため、僅かな期間だけ働かされて直ぐにお役御免となってしまったが、アンカラ大学の韓国語学科を卒業したというだけあって、なかなか見事な韓国語を話していた。

しかし、工場での通訳は始めてだった所為か、時々、初歩的な言葉で躓くこともあった。例えば、機械にハングルで記されている「自動(チャドン=자동)」と「手動(スドン=수동)」の意味が解らなかったりした。

私が元の漢字の意味から説明して、「だから、자동차(チャドンチャ=自動車)って言うでしょ?」と教えてあげたら、「자동차(自動車)は、そういう意味だったんですか!」と驚いていた。

漢字を知っている私たちが韓国語を学ぶのは、トルコの人たちに比べたら非常に有利である。「회사(フェサ=会社)」という単語を学ぶと同時に、「사회(サフェ=社会)」も学ぶことが出来てしまう。

とはいえ、アンカラ大学の韓国語学科には、韓国人の教授もいたはずだけれど、そういった漢字による言葉の成り立ちなどは全く教えていなかったのだろうか? ひょっとすると、世代的に漢字が殆ど解らない韓国の人だったかもしれない。

1987~8年、私がソウルの延世大学の語学堂で学んでいた時のY先生は、教室で日本人受講生が単語の意味を質問すると、黙って黒板に漢字を記したりしていた。私たち日本人受講生が「おおっ」と感嘆の声を挙げながら納得した後、少し遅れて、教室に1人だけいた米国人受講生が、大袈裟に「おおっ!」と叫んで笑いを取ったこともある。

トルコ語も、アラビア語起源の単語は、言葉の成り立ちが解ると覚えやすかったりした。「hesap(計算)」と「muhasebe(会計)」の関係などを例として挙げることができる。

しかし、1991年に、イズミルで最初に通ったトルコ語教室の若い先生たちは、そういった言葉の成り立ちを全く教えてくれなかったばかりか、「エーゲ大学のトルコ語教室は、アラビア語を教えたりしているから行ってはいけません」なんて文句をつけたりしていた。

半年後に移ったエーゲ大学のトルコ語教室では、トルコ文学部の教授が、言葉の成り立ちから丁寧に教えてくれたのである。

日本語も漢字の仕組みが解らないと、外国の人たちには不思議に思えてしまう単語があるようだ。日本語を流暢に話すトルコ人の友人から、「なんで『殺人』が、『人を殺す(cinayet)』の意味になるの? 『殺す人(katil=殺人者)』じゃないかと思ったよ」と訊かれたことがある。彼は日本の日本語学校で学んだ際にも疑問に思って、日本人の先生に尋ねたそうだが、理由を説明してくれなかったという。

友人には英語の素養もあり、「中国語の文法は英語に似ている」といった知識も持ち合わせていたから、「『殺人』のような音読みの漢字語は、元々中国語なんだよ」と、私が解ったような解らないような説明を試みただけで、彼は直ぐに理解してくれた。日本語学校の先生は少し怠慢だったような気もする。