メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

政教分離がイスラムを守っている?

数カ月前のことで、詳細の記憶も曖昧になっているが、トルコの宗務庁のイマームイスラム教導師)が「海老やイカもハラーム(禁忌)である」という見解をネットの記事で明らかにして物議を醸していた。

トルコでは、一般的に、イスラムの教義上ハラーム(禁忌)とされる飲食物は、豚肉・血・アルコールであると思っていたので、私もこの見解を意外に感じた。

例えば、コーランの日本語訳で第6章146節などを読むと、イスラムでは、海老やイカも禁じるユダヤ教の厳しいコーシェルの規制が緩められて、元々アラビアの人たちが殆ど口にしていなかった豚の禁忌だけが引き継がれたかのようである。

しかし、物議を醸したイマームも、アラビア語聖典等を入念に検証して、その見解を得たに違いない。私たちが疑問を挟む余地などないのだろう。

もっとも、トルコでは海老やイカも一般的な食材として認められており、かなり信仰に篤い人たちも当たり前に食べているから、今更そんな見解が出たところで、気にする人は余りいなかったのではないかと思う。

なにしろ、イスラムの信仰を語りながら、平気でアルコールを口にする人も多いトルコでは、豚肉の禁忌さえ厳格には守られていない状況なのである。

一方、私はこのイマームの見解を巡る論争から、10年ほど前の(あるいはそれ以前から続いていた)スカーフの着用にまつわる論争を思い出していた。

ここでも宗務庁の見解は「教義上、イスラム教徒の女性はスカーフを被らなければならない」だったから、スカーフの着用に反対する政教分離主義者の中には、「宗務庁が『スカーフの着用は義務ではない』という見解を出せば良いじゃないか!」と主張する人もいた。

これに対して、ある政教分離主義の識者は、「この政教分離主義者たちは『政教分離』を全く理解していない」と呆れかえったように批判していた。

宗務庁というイスラムの権威の御触れに従ってスカーフを外すのあれば、それはあくまでもイスラムの権威に従うということであって、政教分離の意義に反している。

政教の分離が曖昧になっていたオスマン帝国の時代には、政府がその政策を進める上で都合の良いフェトバ(イスラムの法令)を宗務庁の前身であるシェイヒュルイスラームに圧力をかけて出させていたらしい。

宗務庁に「スカーフの着用は義務ではない」という見解の発表を求めた政教分離主義者の態度は、このオスマン帝国時代の政府と全く変わっていないと言うのである。

イスラムの権威の見解に従うかどうかは、個々がその自由な意思によって判断することであり、法的な拘束力は何処にもない。

政府も宗教の見解など顧みることなく政策を進め、宗教界も政府の都合に配慮することなく聖典を吟味してその見解を明らかにする。これが政教分離の基本と言えるそうだ。

そのため、トルコには「政教分離イスラムを守っている」と論じるイスラム学者もいる。確かに、政教分離を実施していない国々では、今でも政府の都合によってイスラムが害されているのではないだろうか。サウジアラビアなどその典型であるかもしれない。

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