テレワークが当たり前に通用する言葉として定着した昨今、とうとう「テレマリッジ」なんていうものまで登場した。
ネットに出ていた広告によると、所定の金額を振り込んだ後、リストに掲載されている女性の中から1人を選んで申し込めば、その女性とのリモート結婚が叶うという。
役所の手続きを通さないため、戸籍上は独身のままだが、独自の「結婚認定書」を発行してくれるらしい。
リストを見たら、私好みの美しい女性が目にとまった。まだ25歳なのに初老の男性を望んでいるそうだ。思わず興奮が高まるのを感じて、早速、お金を振り込んで申し込んだところ、直ぐに「結婚」の手続きが進み、結婚した女性、つまり私の妻とパソコンの画面を通して会うことができた。
とても優しい女性で私のつまらない話にも嫌がることなく合わせてくれる。私は気持ちの昂ぶりを抑え難くなった。そこへ仲介者の声が割り込んできて、「それでは、いよいよ奥様との初夜をお楽しみになって下さい」と言う。
『えっ、どうやって?』と思っていたら、画面の中に男が現れ、ベッドに腰かけた妻の横に座り込み、仲介者の声が「その男性は貴方です」と明らかにする。
私が呆気に取られていると、仲介者は「それは貴方です」と何度も繰り返し、私は何が何だか解らなくなってしまったが、ようやく我に返って仲介者に訊いた。
「ちょっと待って下さい。これが私と言われても、モザイクが掛かって顔が良く見えないんですが・・・」
「慌ててはいけません。背格好を良くみて下さい。紛れもなく貴方ではありませんか?」
そう言われてみると、確かに背格好は私と同じように見える。
「しかし、なんで顔にモザイクが掛かっているんですか?」
「貴方はこれから奥様と愛し合うんですよ。貴方は女性と愛し合う時、どんな顔をしていると思いますか? それはいつものように優しい笑顔ですか?」
「いやあ、興奮のあまり獣のような形相になっていると思いますが・・・」
「そうでしょう。貴方はそんな御自分の顔を見たくなりますか? なりませんよね。それで前以てモザイクを掛けてあるんです。いいですかこれは貴方です」
仲介者はまた何度も「これは貴方です」と繰り返し、私も確かにそうだと思い始めていた。
画面の中の妻は既に衣服を脱いで、「貴方、愛しているわ」と私に囁きかける。私は胸が熱くなって、思わず自分の股間に手を伸ばしてしまう。そこへ、仲介者がとどめを刺すように言った。
「どうです? 胸が熱くなってきたでしょう。何故なら、今、奥様を抱いているのは貴方だからです。それではお楽しみになって下さい。私はこれで失礼します」
もう私は何の疑いもなく、画面の中の男が私であると確信していた。これは私に違いない。さもなければこんなに胸が熱くなるはずもない。何で疑念を懐いていたのか。今、私は画面の中で妻を抱いているのだ。そして、『俺は妻と愛し合っている!』という例えようもない幸福感に包まれた。
しかし、その時、何ともつまらない問いが私の脳裡をよぎった。
『今、俺は妻と愛し合っている。これに疑いの余地はない。でも、そうなると、俺と妻が愛し合っているのを見て喜んでいるこの俺はいったい何処の誰なんだろう??』