メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

アピクオール社のスジュク / スジュクの調理が禁じられていた学生寮

頂き物のラクを飲む時のアテにするつもりで、久しぶりにスジュクを買ってきた。スジュクは牛肉で作ったソーセージのような肉加工品、香辛料がふんだんに使われていて、焼くと独特な匂いがする。
ラクも独特なアニスの香りが強いから、スジュクとは相性が良いのではないかと思う。
しかし、焼けたスジュクの匂いは、トルコ人の中にもこれを嫌がる人がいる。イズミル学生寮の経営者がその一人だった。お陰で、1991年の当時、寮のキッチンではスジュクの調理が禁じられていた。
ある日、私はそれを知らずにスジュクを買って来てしまい、他の寮生たちが止めるのも聞かずにスジュクを焼き始めたところ、いくらも経たない内に経営者のメフメットさんが血相を変えてキッチンに乗り込んで来た。
けれども、コンロの前でフライパンを手にした私を見たら、思わず気勢を削がれてしまったのか、「き、君はそんなものを食べることが出来るのか?」と呆気に取られたように訊く。
私が「美味しいですよ」と微笑んでも、直ぐには納得できなかったらしく、「まさか、マコトに作ってくれと頼んだ者はいないだろうな?」とキッチンにいた面々を一睨みしたものの、皆と一緒に私もこれを否定すると、首を傾げながら出て行ってしまった。寮生たちは、いつも厳しく注意されていたから、してやったりと大喜びだった。
さて、先日買ってきたスジュクは、アピクオール社の製品で、3年ほど前、私はこの会社を訪れる機会があった。スジュクの他に、パストゥルマという牛肉の生ハムをはじめ各種肉加工品を製造している。
経営者の一族は、カイセリ出身のアルメニア人であり、オスマン帝国の末期にカイセリで創業した後、1920年にイスタンブールへ拠点を移したそうだ。
カイセリの特産品だったパストゥルマをイスタンブールに広めたのは、このアピクオール社であるという。しかし、ウイキペディアの記述によれば、おそらくこのパストゥルマを起源とするパストラミが、アメリカにもたらされたのは19世紀の後半らしいから、1920年に、イスタンブールでパストゥルマが全く知られていなかったとは、ちょっと考え難い。
アメリカにパストラミをもたらしたのは、東欧から移住してきたユダヤ人だったようである。ユダヤイスラムも豚肉を禁忌としている為、牛肉の加工品が発達したのだろう。
しかし、アピクオール社の経営者一族は、キリスト教徒のアルメニア人だから、自分たちは豚肉のソーセージなども食べていたのではないかと思う。1950年代に、多くのギリシャ人がイスタンブールを去って行く前は、豚肉ソーセージ等を売る店がイスタンブールにもかなりあったらしい。(今でも少しはある)
アピクオール社は、50年代以降に、豚肉を使わないソーセージやハムを工夫して売り出したものの、当初、“ソーセージ(トルコ語ではソシス)”というと豚肉のイメージが強かったため、なかなか売れなかったそうである。今では、多くの肉加工品会社が、牛肉や七面鳥肉のハムやソーセージを製造、販売するようになった。 


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