メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

トルコの権力闘争

エルドアン首相を始めとする政府要人らが日本を訪れている。これで他に大きなニュースがなかったら、日本がもっと話題に上るところだが、昨年の12月17日に始まった“疑獄事件”騒動は未だ治まる様子もなく、ニュースの主役に居座り続けている。まったく残念であるとしか言いようがない。

その“疑獄事件”だが、政府寄りの主要メディアでは、既に「国家の中に巣食う“もう一つの国家”」問題にすり替わってしまった。“もう一つの国家”とは、フェトフッラー・ギュレン教団が、メンバーを警察や司法に送り込んで形成したとされる“組織”のことである。

警察や司法内に教団のメンバーがかなり入り込んでいたというのは、随分前から囁かれていて、教団も特に否定して来なかったようだし、今回の事件では、AKP政権に対して、真っ向から対決姿勢を取っている。

しかし、かつてAKP政権と教団は協力関係にあり、軍の一派がAKP政権の転覆を図ったとされる“エルゲネコン事件”等では、2007年に、この“軍の一派”が摘発されて始まった司法過程において、主導的な役割を果たしたのも、この教団のメンバーだったと言われている。 

その後、下された判決では、一派に加担したとされる軍高官が終身刑に処せられるなど、あまりに重い刑罰に、AKP政権内部からも「これは厳しすぎる」という声が聴かれた。 

そして今回、AKP政権は、“もう一つの国家”の一掃を宣言しながら、“エルゲネコン事件”等の再審も提起している。つまり“教団の司法”ではなく、公正な司法で再審すると言いたいらしい。

どうやら、AKP政権は、政権の転覆を図る軍内部の反対派を封じ込めようとしただけで、軍の弱体化までは意図していなかったのに、所謂“教団の司法”が勝手に独走してしまったようである。

軍の信奉者である知人によれば、もともと軍内部にも、政教分離主義のエリート層を支持する一派と、民衆の側に立とうとする一派の対立があり、“軍内部の清算”によって、エリート派は一掃され、司法へ引き渡されてしまったそうだ。「トルコ軍は、民衆の軍であることを選択したのです」と知人は語っていた。

どうなんだろう? 私には、なんとなく、軍や政界で、“反オスマン帝国”主義者と“オスマン帝国の後継者”を主張する人たちが対立していて、結局、AKPや現在の軍主流派のような“オスマン帝国の後継者”側が勝利したのではないか、そんなような気もする。

もちろん、“オスマン帝国の後継者”と言っても、また領土を広げようというのではなく、ルムや北イラククルド人とも積極的に交流して、経済圏を拡大して行こうという意味じゃないかと思う。

だから、トルコ共和国の体制は維持されるし、それほどラディカルな変更も行なわれないが、イスラム教は国民の紐帯として再び役割を果たすようになる、こんな感じかもしれない。

そもそもイスラム教を好ましくない宗教として、社会の隅へ追いやろうとするのは無理があっただろう。自分たちの宗教や伝統に固執するのも問題だが、それを切り捨ててしまったら将来は築けないような気がする。

さて、仮に、軍の一派を裁いたのが“教団の司法”であったとして、彼らは、何故、そこまで軍を痛めつけようと思ったのだろう? リベラル派の知識人は、民主主義の観点から、軍の影響力が完全に排除されることを望んでいた。教団はそれに同調したようだけれど、ちょっと良く解らない。

確かに、リベラル派が望んでいた“民主主義”は達成されなかった。司法でも、教団側と政権側の争いが続いていて、公正な法治国家にはほど遠い。でも、改革は始まったばかりで、これからじゃないかと思う。

“疑獄事件”が勃発して、その不正に眉を顰めた人もいるけれど、中には「ああ、何かまた“権力闘争”が始まったな」と最初から醒めた見方をする人もいた。なにしろ、ちょっとした事業申請を行なう際も、申請書の間に札束を忍ばせるのは常識と言われていた社会である。人々は役人の不正ぐらいで驚かない。

日本だって、政治家の不正や女性スキャンダルが取り沙汰されて、直ぐ思い浮かんだのは、やはり“権力闘争”じゃなかっただろうか?

私は、事件が勃発した12月17日付けで、以下の駄文を書いて、最後に「(エルドアン首相の子息の)ビラル氏が思わぬ不正事件などに巻き込まれないよう祈りたい」と記したけれど、これを書いた時は未だ16日で、翌日、あんなことになるとは夢にも思っていなかった。

 ただ、その前の“学習塾廃止騒動”で、教団と政権の対立が明らかになった為、選挙を前にして何か仕掛けて来るのでないかという噂は出回っていた。こういう“仕掛け”は、日本と同様、何処でも大概が不正か女性スキャンダルだろう。

しかし、トルコで女性スキャンダルをネタにされる場合、指を3本出して「これでどや?」と言ったとか、コスプレで“ステテコ”履いたなんて微笑ましい話じゃ済まされない。嘘か本当か“同衾中のビデオ”というのが、いきなりネットにばら撒かれてしまう。CHPのバイカル前党首は、これで党首の座から引き摺り下ろされたのである。