メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

気持ちが優しいトルコの人達

98年の夏、4年ぶりにトルコへ舞い戻って来ると、まずはイスタンブールオスマンベイに事務所を構え韓国製服地の輸入に携わっていた韓国人のキムさんのところで5ヶ月ほど働いた。
キムさんは、91年イズミル以来の知り合いで、私より三つほど年長だった。トルコへは、もともと、韓国の大手家電メーカーがトルコの会社と合弁でイズミル近郊に設立した現地法人の副社長として赴任した後、92年、その家電メーカーが、合弁事業から手を引くことになった際、社を辞して、トルコへの半ば永住を決意したのである。
韓国の人たちは93年頃から韓国製の化繊をトルコの市場に持ち込んで大分稼いだらしく、98年の夏、オスマンベイの界隈には韓国の繊維商社が数社、事務所を開いていた。しかし、この頃既に韓国製はもう下火になっていた上、トルコ繊維業界の不況も重なって、相次ぎ撤退、キムさんも翌99年早々に事務所を閉鎖することになる。
キムさんは、如何にも韓国人らしい明朗さのある教養人。しかし、商売の方は、殿様商売というか、結構おおらかなところがあって、扱っている商品の原価もあまり正確には知らないような感じだった。
上手く袖の下を使うなんていうのも苦手なようで、一度税務署の役人ともめたこともある。その時は、税務署長が直々に処理してくれたものの、後で、「将来有望な若者を知っているが、おたくで使ってくれないか」と頼まれてしまった。

 翌日、その青年が事務所にやって来たけれど、署長と同じ姓なので、「署長さんとは、親戚にあたるんですか」と訊けば、「父です」という。ちょっとこれでは、断わるわけにもいかない。次の日から早速働き始めたこの青年、どうやら、殆どサッカーと女のことしか頭になく、きっと署長さんも「うちの倅には困ったものだ」と頭を悩ましていたのだろう。
営業の仕方もキムさんの場合、とにかく押しの一手。「都合が悪い」と逃げられても、繰り返し商談に押しかける。

しかし、イエスとノーをかなりはっきりさせる韓国人と違って、トルコ人は日本人のように、断わる時でも、ちょっと婉曲な言い方をしたりするので、ここを上手く見極めないといけない。一人で営業に回ったとき、得意先のトルコ人から、「韓国の人たちって、なんであんなにしつこいのかなぁ?」とこぼされたこともあった。「私達がはっきりと断わらないからいけないんですかね。でも、これが文化ってものでしょう」というのである。
逆に韓国の人たちから見るとトルコ人は、本音と建前が違い、腹の底が読めないそうだ。「我々韓国人の中では、仲違いして挨拶もしなくなったところで、別にどうってこともないけど、トルコ人たちが挨拶しなくなったら怖いですよ、だって相当仲が悪くても、ちゃんと挨拶だけはしてますからねえ」。
さて、キムさんの事務所では、電話番に中年の女性を使っていたけれど、ある日の夕方、このおばさんが銀行への入金を忘れてしまい、キムさんは偉い剣幕。さんざん怒鳴りちらしてから、「得意先へ行って来る」と言い残して出ていった。おばさんは、怒鳴られている時、既に目が潤んでいるような感じだったが、キムさんが出ていくと、まるで小娘のように、しゃくりあげながら泣き始めた。泣き方は段々激しくなるばかりで、慰めようもない。暫くして泣き止むと、「キムさんは私をとても悲しめた。名誉をひどく傷つけられたので、もうここで働くことはできない」と言って事務所をあとにした。
キムさんが戻ってから、「電話番のおばさんですが、もう来ないんじゃないかと思います」と報告したところ、
「えっ? 何かあったんですか?」
「ええ、あれから大分泣いていました」
「泣いた? なんでまた泣いたんですか?」
「銀行入金のことで社長が叱責されたじゃありませんか」
「叱責? ああ、あれのことですか。あれで泣いてしまったんですか?」
それから、少し考え込んでいたが、やがて顔をあげると、
「しょうがないでしょう。そりゃ可哀想なことをしましたが、彼女はもう40過ぎているんですよ。ちょっと信じられません。あんなことで泣いて、良く人生渡ってこれましたね。まあ、彼女のことは忘れることにしましょう。電話番のおばさんぐらい、また直ぐに見つかりますよ」
実際、あれしきのことで泣いてしまう韓国の女性がいるとも思えないから、キムさんも驚いたに違いない。
工場での様子を考えて見ると、トルコでは、女性に限らず、男性も叱責されることに弱いようだ。男の場合、まさか泣きはしないが、「名誉を傷つけられたので、もう働きたくない」なんて言い出したりする。
上司が部下をどついてしまうようなことは、日本や韓国だけに見られる現象なのかも知れないが、チーフのマサルさんによれば、
「欧米の人たちもかなり厳しく部下を叱責することがありますよ。こんなに甘いのはトルコだけです」
確かに、少し叱責されたぐらいで傷ついてしまう名誉なんて、そもそも大した名誉ではないのだろう。

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