メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

民族問題の難しさ

この川崎の産廃屋の寮で、私を在日の韓国人と勘違いして、「日本人というのは随分おかしな連中だな。おまえもそう思わないか」と訊いた沖縄出身のKさんは、「自分のことを日本人だとは全く考えていない」と明らかにしていた。
彼は、沖縄から本土へ出て来ると、まず単車でカーフェリーに乗って、北海道まで行ったそうだ。「アイヌの人を見たかった」と言うのである。
当然、皇室にも「君が代」にも、相当な反感を抱いていたようだ。彼に限らず、あの寮にいた沖縄の人たちは、テレビの画面に映し出された天皇の姿を見て、激しい野次を飛ばしたりしていた。
韓国へ留学しても、全く揺らぐことのなかった私の愛国心は、沖縄の人たちと過ごしたあの1年で、見事にひっくり返され、暫くの間、回復しなかった。多分、私がまた確かな「日本人」になったのは、98年にトルコへ復帰してからじゃないかと思う。
しかし、こんな話を聞いて不愉快になる沖縄の人もいるかもしれない。
どのくらい確かな調査結果であるのか解らないが、沖縄で「独立を望む人たち」は25%に及ぶという記事を読んだ覚えがある。仮に、これが正しいとしても、75%の人たちは、引き続き日本への帰属を求めていることになる。
75%の人たちの中には、不愉快どころか、反発を感じる人もいるのではないだろうか?
一方、トルコで「独立を望むクルド人」に関する調査報告を見ると、「15%に及ばない」と明らかにされたりしている。これまた信頼性を疑う声も聞かれるけれど、クルド系政党の得票率の推移を見れば、結構、妥当なところであるような気もする。
AKP政権を支持して、「独立を望むクルド人」に敵愾心を抱くクルド人も少なくない。AKPの有力メンバーの中にもクルド人はいる。
なにより、トルコではクルドの人たちも、600年に亘って、オスマン帝国の有力な一要素であったため、沖縄の問題とは、歴史的な背景が大きく異なっているだろう。
19世紀に至るまで、オスマン帝国の人々は、自分たちを「オスマン人」と認識していたと言われる。その後、西欧から「国民国家」の思想が伝えられる過程で、各々の母語に基づいて、「トルコ人」であるとか「クルド人」といった意識が芽生えて来たらしい。
いずれにせよ、トルコ共和国が、現在の「国民国家」の成り立ちを反故にして、一から新たな国家を築こうとするのは、非常に危険な試みになると多くの識者が指摘している。これは、日本でも同様ではないかと思う。
皇室の権威を否定して、新たな正統性を確立しようすれば、それこそ膨大なエネルギーが費やされるばかりか、流血に至る混乱も覚悟しなければならなくなるかもしれない。