メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

モノ作りの精神

クズルック村の工場で実践されていたように、“働く人たちの意見”を尊重したりするのは、日本でしか通用しない時代遅れの経営手法だと言われて久しい。
実際、家電の製造など、もう日本のやり方では、競争力を維持出来なくなってしまったようだ。
数年前まで、度々、トルコの地方にある印刷工場へ通訳で出張したことがあったけれど、ここで巨大な印刷機械の設置に携わっていた日本の方たちは、まさしく“日本のモノ作り精神”の見本みたいな職人集団で、モノ作りを愛し、仕事を楽しんでいるのが傍から見ていても解った。私も一緒に働くことが出来て嬉しかった。
この業界も、かつては日本が世界で圧倒的なシェアを誇っていたのに、今や後発の韓国や中国に押されて、なかなか大変らしい。
しかし、その機械の作動を制御する装置は、今でも日本製が韓国や中国の機械に取り付けられている。あの印刷工場にも、装置を取り付けに、日本の企業の技術者の方が来ていた。
こちらは、ハイテクノロジーのエンジニア集団で少数精鋭。博士課程を経てきた方もいた。この企業はテクノロジーを売るのが仕事で、実態のあるモノを作る製造業からは既に脱していたけれど、工場では必ず作業着に着替えて作業していた。作業と言ってもパソコンを操作するだけだったが・・・。
私と同年輩のエンジニアの方が、その背景にある思想を説明してくれた。門外漢の私が、ちゃんと理解出来ているどうか心もとないが、それは以下のようなものだった。

今でこそ、仕事はパソコンで出来るようになったものの、かつてはその企業も、実際に機械を作り上げながら、テクノロジーを発展させてきた。だから、何故、そのテクノロジーが必要になり、どうやって開発したのか、その過程や意義が今の世代にも受け継がれている。
ところが、新興国のエンジニアたちを見ると、彼らはパソコンの時代になってから参入してきた為、その過程や意義が受け継がれていない。これは、彼らにとって重大なマイナス要素であるかもしれない。このような説明だった。