メルハバ通信

兵庫県高砂市在住。2017年4月まで20年間トルコに滞在。

イスラム的な発想

イスラム過激派によるテロが相次ぎ、イスラムは恐い宗教ではないかと思われてしまいそうですが、長い歴史を振りかえって見れば、戦争を繰り返してきた西欧キリスト教世界より、イスラム世界のほうが遥かに平和的であったと言えるのではないでしょうか?
以前ご紹介した、故トゥルグト・オザル大統領の実弟コルクト・オザル氏のインタビュー記事に登場する彼らの父親の言葉、

「息子よ、お前が行ったところの住民が全員盲人だったら、お前も片目をつぶっておけ。彼らと少しでも和を保たないといけないからな。それから、聞かない方が良いってこともあるんだよ」というのは、実際、イスラムの特徴を良く表しているのではないかと思います。

余り理想主義的ではないと言ったら良いのか、「右の頬を打たれたら、左の頬も差し出せ」といった理想を掲げることはなく、人間のやりそうなことは殆ど最初から認められているような感じです。
4人妻などもよく非難されていますが、第二夫人を娶るためには、あくまでも第一夫人の許可が必要なわけで、私はこれを非難している文明的な男たちに、「では貴方たちは、奥さん以外の女性と全く交渉を持たなかったのですか?」と尋ねてみたい、彼らは奥さんの許可を取ったのでしょうか?
もちろん、キリスト教世界で、彼らの理想に近い生活をしている人達もいるでしょうけれど、却って、人間は余りにも理想主義的になった時のほうが恐ろしいことをしてきたようにも思えます。

フランス革命ロシア革命を見ても然りです。人間、理想が高いと譲歩できなくなってしまうのかもしれません。
孔子に、弟子が最も大切な徳行を尋ねたところ、孔子は「己の欲せざるところを他人に施すことなかれ」と答えたそうですが、ある日本人の牧師さんはこれに対して、「キリスト教ではこんなネガティブなことは言わない。己の欲するところを他人に施すように勧める」と仰っていました。

キリスト教の人達が、盲人の世界へ行けば、そこの住民の目を開けさせようと努力するのかもしれません。

彼らはこのポジティブな態度で発展を遂げて来たのでしょう。日本人などは、盲人の世界へ行けば、皆に合わせて自分も両目をつぶってしまいそうな感じですが、そのために、片目をつぶっていたイスラム世界と同様、発展を遂げることができなかったといえそうです。

しかし、世界が今後、平和・協調を考えて行く上で、この発想は見直されても良いのではないでしょうか?