数ある美味しいトルコの菓子の中でも際立っているバクラヴァは、菓子の王様と言って良いと思う。
そのバクラヴァで有名なイスタンブールの菓子店「カラキョイ・ギュッルオール」が東京の松屋銀座に出店したという。
バクラヴァを食べに東京まで行ける経済的な余裕は全くないけれど、出店のニュースを聞いただけでも嬉しい。
「カラキョイ・ギュッルオール」は、トルコ国内にも支店が無い。イスタンブールに居た頃も、絶品のバクラヴァを味わうために、カラキョイ税関前の本店か、クルチ・アリ・パシャ・モスクの裏手にある工房まで行かなければならなかった。
それでも、カラキョイは頻繁に出かける所だったので、2015年から緩い糖質制限を始める前は、それこそ週に一度ぐらいは立ち寄って味わっていた。
2015年以降も、たまには出かけていた。糖質制限もバクラヴァの誘惑には負けてしまうのである。
トルコで初めてバクラヴァを食べた時は、その甘さに驚いただけだが、慣れてきたら、店による味の違いが分かるようになった。
そうなると、「カラキョイ・ギュッルオール」か、ペンディクのガーズィブルマといった特定の店以外では、がっかりすることが多くなってしまった。そのぐらい「カラキョイ・ギュッルオール」のバクラヴァは美味いのである。
松屋銀座では、代表者の名を冠して「ナーディル・ギュル」という店名になっている。
現在の社長は子息のムラット氏で、ナーディルさんは経営の第一線からは退かれたようだが、来日して広報に努めるなど、まだまだ隠居は考えていないらしい。
おそらく、ナーディルさんのバクラヴァ愛が隠居を許さないのではないだろうか?
カラキョイの本店では、ナーディルさんが他のお客さんたちに交じって、カウンターの立席でバクラヴァを食べているところを何度か目撃したことがある。その様子からもバクラヴァを愛する気持ちが伝わってくるかのようだった。
2010年だったか、私がコーディネーターを務めた日本のテレビ番組で、「カラキョイ・ギュッルオール」を紹介したことがある。
その時、ナーディルさんは、ラマダンで断食中だったにも拘わらず、カメラの前でバクラヴァの味わい方を見せてくれた。
バクラヴァは、まずは目と耳、それから鼻と舌で楽しみ、最後にお腹を満足させるのだそうである。
目で美しい黄金色に焼きあがったバクラヴァの表面を良く見てから、フォークを入れて「サクッ」という音を聞き、その甘い香りを吸い込む。ナーディルさんは、ここまで満面の笑顔で演じて見せたけれど、断食中のため、舌で楽しむところは、微笑みながら口を示すだけにして、最後にお腹を叩いて「ここも満足です」と笑ったのである。
撮影は8月だった。最も過酷な夏季の断食期間中、しかも断食が明ける日没まで何時間も残している昼の時間帯に撮影された。
バクラヴァの甘い香りを吸い込んだら、思わずかぶりつきたくなってしまうだろう。それを我慢しながら笑顔で演じてくれたナーディルさんには頭の下がる思いがした。
撮影終了後、ナーディルさんは私たちにバクラヴァを勧めてから、広報担当の女性社員を呼び、「君は断食していないよね」と言って、フォークを入れてしまったバクラヴァの皿を彼女に勧めたのである。この一部始終でも笑みを絶やさなかったナーディルさんの人柄もバクラヴァと共にお伝え出来れば良かったけれど、番組ではラマダンについても触れることはなかった。
*「カラキョイ・ギュッルオール」の写真を載せようと思って探してみたところ、以下のピンボケのワンショットしか見つからなかった。これは2011年に亡き母を案内した時のものである。おそらく、私にとって「カラキョイ・ギュッルオール」でバクラヴァを食べるのは日常的なことだったから、わざわざ写真に収める必要を感じていなかったらしい。
*以下はペンディクにあるガーズィブルマのバクラヴァ
*ガーズィブルマ ここのバクラヴァも美味しい